シネクドキ・ポスターの回路

映画や音楽を楽しみに生きています。

ザ・バットマンを観た。モニターは大きければ良いわけではない。

2022年も、あっという間に四月です。気付けばすっかり満開の桜に、もう四分の一が終わっちゃったんだなあ、と感じ入るこの頃。今年こそ状況が落ち着いて、しばらく出来ていなかった諸々が出来るようになると良いですね。

 

新年度ということで、というわけでもありませんが、ちょっとブログのデザインを変えてみました。併せて現実でも、デスク周りのレイアウトを変えてみました。具体的に書くと、ディスプレイとして使っていたモニターを外して、ノートパソコン自体のディスプレイを使う形に変えました。

というのも最近、こうして文章を書いていたり、その他いろいろ作業をしていると、どうにも目の疲れがひどくて、作業がなかなか捗りませんでした。何が良くないんだろう、いわゆるブルーライト的なアレのせいなのだろうか、それとも照度とかを調節するべきなのだろうか、いろいろ調べていたら、こんな文言を目にしました。

 

” モニターが大きいと、発せられる光の量が多いので、目に負担がかかります。”

 

え、そういう問題?と、けっこうビックリしました。

モニターなんて大きければ大きいほど良い、としか考えていなかったから、目から鱗でした。確かに言われてみれば、画面が大きいほど光量が増えるのは当然です。だからそのぶん目に負担がかかってしまう、というのも、なんとなくだけど分かる。

 

いま使っているモニターは、決して「とても大きい」というほどではありませんが、パソコンのディスプレイに比べれば1.5倍くらいはあるものです。だから大きく見ることができて、全体も細部も把握しやすくなり、作業環境もすっかり充実……したはずだったのですが、まさかその「大きさ」が仇となっていたとは。

 

じゃあ少し小さめのモニターを買うか?と一瞬だけ血迷ったのですが、いやパソコンそのまま使えばいいんだ、とすぐに我に返って、普段使いの時はモニターを外すことにしました。結果、以前よりも目の疲れは軽減されたように感じます。やっぱり、そういうことだったみたいです。画面って、大きいほど良いわけではないんですね。

 

大きい画面といえば、この間『ザ・バットマン』を観ました。

 

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特典で貰ったミニポスター。これは4DXバージョン、別にScreenXで観た人向けのもあるらしい。

 

オンリー・イン・シネマという表記の通り、最近よくある上映&配信同時解禁とかではなく、映画館のみでの公開のようです。私は本作を、人生初の4DXで観ました。

 

4DXというのは、映画の内容に合わせて座席が揺れたり煙が上がったり匂いがしたり水が噴射したりする、映画というよりライドアトラクションみたいなスゴいシステムです。そして本作は「4DXで観ずに何で観る」というくらい、バリバリに4DX仕様、オンリー・イン・シネマが納得の内容でした。

 

雨のシーンでは、ちゃんとぽつぽつ水が降ってきます。カーチェイスのシーンでは座席がガタンガタン揺れ、車が爆発炎上すれば熱気がふわっと耳を掠めます。本作はきっとこれらの効果を見越して制作されたのでしょう。梅雨かってぐらいに雨は降るし、カークラッシュも事故どころの規模じゃありません。

個人的に面白かったのは、犯人のアジトに潜入する時の、ゆっくり座席が傾いてぐわーんと平衡感覚が失われていくような効果。地味ながら生々しくて印象的でした。

 

ストーリーは……どうなんだろう。過去のバットマン映画を観たことがないので、比較して吟味したりすることが出来ません。だけど、クライマックスの展開は印象的でした。最後の最後で〇〇たちと戦うことになるというのは皮肉で、しかし今の時代を見事に反映した展開だと思います。全編でキーワードになっている「復讐」という言葉も、まさに現代の世相を言い当てた言葉なのだと、ここで理解できました。

 

ただ、三時間たっぷりのストーリーは人間関係等かなり複雑で、理解度としては正直あやふやです。なんか『ゴッドファーザー』を初めて観たときくらい置いてきぼり食らった気がします。そのくらい複雑。

たぶん、原作ファンには周知の要素を「問答無用」として説明スルーしているのだと思います。やっぱり一通り原作は踏まえておけばよかったな、とちょっとだけ後悔しました。だけど『ゴッドファーザー』のような、複雑な物語を読み解いた先にあるカタルシスを期待できるかというと、それは微妙かもしれない、とも思ったり。

 

でも初めての4DX、充分に楽しめました。もはや「映画鑑賞」の領域ではなのかもしれませんが、自宅では味わえない体験であることは間違いありません。たとえ新作でも配信で観られてしまったりする昨今、映画館のアピールポイントというのはやはり大画面の迫力、あるいはこうしたアトラクション的なアプローチなのだと思います。

 

実際、私も最近行くのはもっぱらシネコンで、とんとミニシアターには行かなくなりました。単館はどうしても規模が小さくて、環境的にも「大きいテレビ」くらいの印象しかないこともあり、それでわざわざ赴いて高いチケット買うなら「配信とかレンタルで充分だ」と思うようになってしまいました。

それで最近は、観に行くのも単館系というより王道寄りの映画が多くて、個人的には映画そのものに対する印象が変わってきていたり。

 

やっぱり、せっかく観るなら大きい画面で、大きい音で観たいのです。映画を手軽にする「配信」の打撃を受けるのは、きっと大きな映画館ではなくて小さな映画館なのだろうと、改めて思いました。

 

というわけで、私の周りの「小さくなっていく画面」と「大きくなっていく画面」の話でした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

デル・トロ最新作『ナイトメア・アリー』はド直球の王道ノワールだった。

これはもう、映画界における「古典主義」と言っても過言ではありません。

ギレルモ・デル・トロ監督の『ナイトメア・アリー』は、そんな映画でした。

 

 

 

映画『ナイトメア・アリー』とは?


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オスカーを受賞した前作『シェイプ・オブ・ウォーター』に続く、ギレルモ・デル・トロ監督四年ぶりの新作となった本作。アメリカの作家、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによって著された同名小説を原作に、脚本・監督をデル・トロが担当。主演を務めたのは『アメリカン・スナイパー』のブラッドリー・クーパー、その他にもケイト・ブランシェットルーニー・マーラウィレム・デフォートニ・コレットなど豪華なキャスト陣が集結し、脇を固めています。

 

 

二度目の映画化となった原作小説

実は二度目となる本作の映画化。前回の映像化は1947年、小説の刊行から一年後のことでした。映画表現における「群像劇」のスタイルを確立したといわれる名作『グランド・ホテル』を手掛けた巨匠エドマンド・グールディングが監督、当時『怪傑ゾロ』等のヒット作で二枚目俳優として人気を博していたタイロン・パワーが主演を務めました。

残念ながら興行成績は不調に終わり、日本での公開も叶いませんでしたが、時が経つにつれ評価は高まり、今ではノワールの古典として高く評価されています。

 

 

驚くほどストレートな王道ノワール

本作の魅力とは、古典的な「ノワール」の面白さ、そのものです。

ある出来事をきっかけに膨れ上がる欲望を抑えられなくなり、取り憑かれ、やがて朽ち果てていく哀れな人々を描いたストーリー。そんな救いのない物語を、美しい劇作へと昇華させてしまう映画の魔力。こうした昔ながらの「ノワール」ならではのテイストを、現代の表現として完璧に復刻、体現したのが本作です。

 

古典のように無駄のないストーリーテリング

昨今の映画表現にありがちな、時間軸の交錯や視点の切り替えといった凝った語り口は一切なく、物語は始まりから終わりまでを一直線に描き、主人公を追いかけていくように淡々と展開していきます。そのシンプルで無駄のない語り口はまさしく古典の名画を観ているような、クラシカルな趣きを感じさせます。

 

巧みな「雰囲気作り」が生む圧倒的な世界観

ともすれば地味なストーリーのように思えるかもしれませんが、ダークファンタジー調の世界観を描き出す「雰囲気作り」はあまりに見事で、その緻密な創造性が観客を飽きさせません。そのダークかつ耽美な世界観は、前作『シェイプ・オブ・ウォーター』とは一線を画す趣きでありながらも見事な完成度で、デル・トロ監督の豊かな才能が伺えます。

すなわち本作は、デル・トロ監督の圧倒的な表現力、そして「ノワール」への深い愛情が結実した「超正統派ネオ・ノワール」と言えるでしょう。

 

 

影響を与えた(かもしれない)名作3選

シンプルで容赦のない物語を、魅力的な表現によって豊潤に描き出す。これが本作の魅力であり、また同時に「ノワール」の魅力であると言えます。

特別な野望など無くとも、あるきっかけから「欲望」に取り憑かれ、やがて身を堕としていく登場人物たちの姿は、あるいは私たち自身であったかもしれない姿であり、共感を禁じ得ません。そして「表現」としては、題材やストーリーがシンプルであるだけに、そこに創作の魔法をかけられるかどうか、表現者としての力量がストイックに試されるジャンルのひとつでもあります。

これらの特徴から「ノワール」は、映画ファンの間でも特に人気の高いジャンルとして知られています。ここからは、数あるフィルム・ノワールの中から個人的におすすめの名作三本をご紹介していきます。もし『ナイトメア・アリー』にハマったら、これらの作品もきっと楽しめると思います。

 

『深夜の告白』(1944)

監督:ビリー・ワイルダー 脚本:レイモンド・チャンドラービリー・ワイルダー

数々の名作で知られる巨匠、ビリー・ワイルダー監督による初期の傑作。主人公の回想を通して、ある不倫関係のもとに企てられた保険金殺人の顛末が描かれます。ワイルダー監督とともに脚本を担当したのは、ハードボイルド小説の第一人者として知られる文豪、レイモンド・チャンドラー。異色のコラボレートで生み出された本作は、今もなおノワールの代表的古典として高く評価されています。

 

『第三の男』(1949)

監督:キャロル・リード 脚本:グレアム・グリーン 主演:ジョゼフ・コットン

名匠キャロル・リードの代表作にして、映画史に燦々と輝く屈指の名作。アントン・カラスが手がけたテーマ曲、オーソン・ウェルズの印象深い名台詞、長回しワンカットによる強烈なラストシーンは、あまりにも有名です。第三回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、現在でも「映画史上最高の作品ベストテン」等の投票企画では必ず上位に挙げられる、多くの映画ファンに愛される作品です。

 

『バーバー』(2001)

脚本/監督:ジョエル・コーエンイーサン・コーエン 主演:ビリー・ボブ・ソーントン

80年代を代表するフィルムメーカーとして知られるコーエン兄弟が、影響を受けたノワールの名作群へのオマージュを込めながら、その鬼才ぶりを遺憾なく発揮したネオ・ノワールの傑作。自身初となるモノクロ作品ながら、カンヌ国際映画祭で三度目の監督賞に輝いたほか、数々の映画祭で高く評価されました。主演を務めたのは、音楽家としての活躍でも知られるビリー・ボブ・ソーントン

 

 

映画ファンも、そうでない方も

いかがでしたでしょうか。

残酷なストーリーと豊かな表現力が絡み合った『ナイトメア・アリー』は、ノワールとして高い完成度を誇る傑作と言えるでしょう。映画表現が好きな方であれば、興奮することは請け合いです。あるいは「ノワール」というジャンルを知らない方でも、その圧倒的な世界観への没頭、非日常的な「映画らしい」時間を味わえると思います。興味のある方はぜひ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

メロディーと歌詞について考えてみる。

先日、友人との間でこんな会話があった。

 

何気ない雑談で、ふと音楽の話になった時に、友人Yがこんなことを言った。

「私、歌詞って聞こえないんだよね」

どういう意味か尋ねてみると、彼女は音楽を聴いていても、歌詞が「入ってこない」らしい。だから音楽の話をしていて「あの曲、歌詞がいいよね」と言われても、まったく共感できないそうだ。友人Yが言うには「基本、メロディーしか聴いていない」らしい。だから、邦楽も洋楽も同じ認識で聴けるのだそう。

 

友人Yに訊かれた。

「まさがき君も洋楽聴くじゃん。やっぱり一緒?」

 

……いや、私は真逆である。

私は逆に、歌詞が全部聴こえていて、だから邦楽だと「メロディーは好きだけど歌詞に共感できない」というパターンが多くて、洋楽の方がいろいろ気にせず聴けるのだ。とはいえ調べてしまえば、やっぱり共感できたり冷めちゃったりするのだけど。もし英語耳が育ってしまったりしたら、逆に困るかもしれない。

 

歌詞に共感する人。共感しない人。そもそも歌詞を聴いていない人。

 

考えてみれば、歌詞とは不思議な物である。

なにか表現したい対象があって、それを「音楽」という形で表現しようとしたとき、そこにはリズム・メロディー・ハーモニーの三要素があって、それらを駆使した「音の連続」を形作ることで、人は音楽による「表現」を実現できる。

それは、クラシック音楽の時代……あるいはもっと昔から続いている、普遍的な営みだ。楽器の発展に伴って、四つ目の要素とも言える「音色」の重要性が強まったことは事実だけど、それでもやはり音楽による表現が「音の連続」であることに変わりはない。

 

だが、ポップスの世界において、純粋な「音の連続」は「インスト」と呼ばれ、とても珍しいものとされる。多くのポップ・ミュージックには「音の連続」の上に、なんらかの言葉が乗っかっている。つまり歌詞である。

しかし冷静に考えてみれば、すでに表現として完成しているはずの「音の連続」に、どうして言葉を乗せる必要があるのだろう。美術品に添付される解説文などとはワケが違う。表現そのものにくっついて、一要素になっているのだから。

 

一般にポップスと呼ばれる音楽は、ひとつの「音楽表現」としては非常に特殊な形であると思う。特殊であるから、構造として歪とも思える作品も少なくない。

 

ポップスでよくあるのが「いいメロディーに、いい歌詞が乗っている」パターンである。耳馴染みがよくて、歌われている言葉も美しく、一見すると何の問題もない秀逸な作品のように思えるのだが、これを「音楽表現」として考えると、疑問が生じる。

確かに綺麗なメロディーと歌詞、ではある。だが、このメロディーはいったい何を表現しようとしているのか?ここに「この歌詞」が乗る必然性はあるのか?結局、何を訴えているのだろうか?楽曲全体として見た時に、思わずそんな疑問を感じてしまう作品は、ポップスの世界において珍しくはないと思う。

 

もちろん、音楽……に限らず文化はたいてい「分かる人に分かる」ものだから、その楽曲がどれほど優秀に「表現」していても、聴衆全員がそれを感じ取れるわけではない。あまり縁のないテーマだったりすれば、共感できないのは当然である。だから厳密に言えば、人それぞれの感じ方ではあるのだが……私はやはりポップスの世界には「メロディーと歌詞によって、完璧に『表現』されている」いわば必然性を感じさせるものと、そうでないものが存在すると思うのである。

 

というわけで、私なりに「表現」されていると感じる名曲を選んでみた。

 

メロディーと歌詞について考えてみるプレイリスト

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……こんな感じ。

以下、一曲ずつ思うことを書いてみる。

 

01. Wouldn't It Be Nice / The Beach Boys

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愛する女性への求婚の想いを描いた歌詞。二人で生きていけたら素敵だよ、という率直な言葉と、高揚感あふれるロマンティックなメロディーが見事に調和した不朽の名曲。表現が豊かな曲……と考えて、真っ先に思い出した作品。

 

02. Lovely Day / Bill Withers

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穏やかながらも多幸感あふれるメロディーに乗せて、普遍的な愛情をシンプルに謳い上げる歌詞が素晴らしい名曲。何より「Lovely Day」という少し地味な表現が、良い意味で飾り気のない曲のイメージをばっちり捉えていて秀逸だと思う。

 

03. Sailing / Christopher Cross

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この曲はメロディーもだけど、アレンジがまた凄い。この旋律、この音色を聴いて「海」を連想しないほうが難しい。最初からセーリングというテーマがあったのか、それとも曲ができてから詞を書いたのか、いずれにせよ完璧な出来。

 

04. Time After Time / Cindy Lauper

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かのマイルス・デイヴィスも絶賛、ライブでたびたび演奏していた美しい旋律とともに、純粋ながらどこか切ない詩的な歌詞が印象に残る、屈指の名曲。この曲は以前にも取り上げたことがあるので、よかったら読んでみてください。

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05. Mercy Street / Peter Gabriel

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詩人/劇作家として知られるアン・セクストンへのオマージュとして捧げられた一曲。神秘的なメロディーと引用で構成された歌詞が、圧倒的な世界観を築き上げて聴く者に迫る。この曲も以前、こんな感じで取り上げました。

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06. This World Over / XTC

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物憂げなメロディーに乗せて歌われているのは、文字通り「世界の終わり」である。人類を破滅に追い込む核戦争を、激しい戦闘や市民の怒りなどではなく、徹底的に「虚無」として表現、下手な物語よりも強烈な絶望を感じさせる名曲。

 

07. Avalon / Roxy Music

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ブライアン・フェリーの独特なロマンティシズムあふれるメロディーに、ひとりの女性の姿が神秘的に綴られた歌詞が絶妙にマッチした一曲。ちなみに「アヴァロン」とは、伝説『アーサー王物語』に登場する幻の島の名前。

 

08. Isn't She Lovely / Stevie Wonder

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個人的には、もし「スティービー・ワンダーって何がスゴいの?」と尋ねる人がいたら、この曲を聴いてもらえば一発で納得できるはず……と思うくらいの圧倒的名曲。喜びが爆発したような旋律、言葉、演奏。これぞ音楽。

 

09. North Marine Drive / Ben Watt

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手がけたのは、エブリシング・バット・ザ・ガールのメンバーとして知られるベン・ワット。哀愁ただようメロディーにセンチメンタルな歌詞がぴったりで、遠い日に想いを馳せる切ない気持ちが見事に表現された名曲。

 

10. We've Only Just Begun / Carpenters

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新婚夫婦向けのCMソングとして書き下ろされたジングルを発展させた大ヒット曲。新しい日々へと踏み出そうとする男女の「夜明け」の想いが、ドラマティックなメロディーと美しい歌詞によって、情感たっぷりに描かれた名曲。

 

 

……以上、私なりの「表現が豊かだと思う名曲」10選でした。

洋楽だけになってしまったのは、単純に私自身の嗜好のせいだ。しかしどうだろう、メロディーと歌詞それぞれの「印象」の合致を考える上では、邦楽よりも洋楽の方が判断しやすいのではないだろうか。最初は意味も分からず聴いて、そのイメージに聴き惚れて、気になって歌詞を調べてみたら、感じていた「印象」とバッチリ重なった……という経験は、洋楽を聴いていれば少なくない。

もちろんその逆……こんな美しいメロディーに、なんて歌詞を乗せているんだこの人は、ということも稀にある。ちなみに私が今までで一番憤ったのは、10ccの『I'm Not In Love』である。

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さぞロマンチックな内容が歌われているのだろう、と思って調べたら、ひたすら傲慢な主張を繰り返す男を主人公とした、いわば面倒くささに輪を掛けた『関白宣言』みたいな歌詞で、さすがに「読まなきゃよかった」と思った。しかしそれでも、あまりに音世界が美しいので聴き惚れてしまうのだが……。

ちなみに、メロディーを履き違えているとかではなくて、意図的に皮肉った表現として、そうなっているのである。さすがの捻くれっぷりだ。

 

今回、こういうふうに選んでみて思ったのは「いい音楽」って何だろう、ということだ。音楽によって表現しうるものとは何か。音楽家が感じ取った「印象」である。では、その個人的な「印象」を表現したはずの音楽によって、その音楽家に会ったこともない人が(おそらく)共通のイメージを想起できてしまう、というのは、どういうわけなのだろう。

たまたまその人が共通の記憶なりイメージを持っていたから共感できた、ということだろうか。しかし、今回選んだ曲のほとんどは世界的な大ヒット曲なのである。世界中の人が共感できてしまったのだろうか、それとも、多くの人は単なる「良い歌詞、良いメロディー」として、その他多くのポップスと同じ気持ちで楽しんでいる、ということだろうか。

 

とはいえ……考えてみれば私だって、今回挙げた曲たちと並べて他のポップスも普通に楽しんでいる一人である。歌詞とメロディーの合致なんか考えずに聴いていることだって往々にして、ある。今回挙げた曲たちは(少なくとも、私にとって)特別な「何か」を持った歌である、とは感じるが、その「何か」を感じられない曲であっても、好きなものは山ほどある。

たとえ「歪」であろうと、ポップスには抗えない魅力がある。

歌詞とメロディーが「耳馴染みのよさ」でギリギリ繋ぎとめられ、モチーフやイメージの存在さえ曖昧な音楽、それはポップスでしか有り得ない、ひとつの「音楽の形」なのだと思う。

 

 

最後に……邦楽だと何かあったっけ、と考えて思い出した曲をひとつだけ。

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全曲イメージ浮かびまくりの言わずと知れた大名盤『ロング・バケーション』から。メロディーからも歌詞からも、匂い立つような「雨の埠頭」のイメージが感じられて、ちょっと地味だけど大好きな曲。

ふたたび注目されつつあるシティボーイズについて。

NHKの某雑学番組でたびたび登場したり、幾多のお笑い芸人たちがリスペクトを公言したりと、最近なにかと注目されているコント界のレジェンド、シティボーイズ。今回は、再評価が高まっているその偉大な功績をご紹介します。

 

 

 

コントグループ「シティボーイズ」とは?

シティボーイズは1979年、同じ劇団に所属していた大竹まこと、きたろう、斉木しげるの三名によって結成されました。当時流行していたシリアスな芝居に反発し、徹底的にナンセンスな笑いを追求した彼らは、多忙なソロ活動のかたわら年一本ペースで舞台作品を発表し続け、いまや日本のコント界を代表する存在となり、あらゆる分野の表現者たちに多大な影響を与えました。

チケット即日完売の単独公演では、ベテランらしい安定感を見せる一方で、先に例のない野心的な試みを次々と敢行。日比谷野外音楽堂での「野外公演」を皮切りに、渋谷公会堂新国立劇場、はては巨大テント小屋での公演など、数々の前人未到の偉業を成し遂げた、まさに唯一無二のコントグループです。

 

シティボーイズが切り拓いた「笑い」の世界

まともに見えてどこかズレているきたろう、唯一の常識人である大竹まこと、明らかにぶっ飛んでいる斉木しげる……三者三様の絶妙なキャラクターと、公演ごとに変わる作家/演出家ならびにゲスト出演者のコラボレーションによって、シティボーイズは「これまでにない笑い」を作り続けてきました。

宮沢章夫三木聡細川徹天久聖一などの錚々たる面子が作家として参加してきた他、ゲスト出演者には竹中直人中村有志いとうせいこう野宮真貴五月女ケイ子ムロツヨシ等、親交の深い面々から意外な組み合わせまで、芝居経験にこだわらない幅広く大胆な人選を敢行、ときに大きな話題を呼びました。

加えて、こだわりを感じさせる豪華なオリジナル劇伴もまた、シティボーイズ公演の特徴のひとつ。あの小西康陽を筆頭に、金子隆博ルイ・フィリップ石野卓球など数々の著名ミュージシャンがサウンドトラックに参加、書き下ろしのオリジナルスコアを提供し、公演を盛り上げました。

このように「お笑い」以外の分野との密接なコラボレーションを実現した点においても、シティボーイズは日本コント史における第一人者であったと言えるでしょう。前例のない「笑い」を開拓し、その先陣を突っ走ってきた姿勢は、まさにコントの歴史を切り拓いた「レジェンド」に違いありません。

 

 

これだけは観ておきたい傑作ライブ5選!

ここからは、映像ソフト化された数多くの公演作品の中から、特におすすめの5作品をご紹介します。これからシティボーイズの世界に触れる方、または久しぶりに見てみようかな?と言う方も、参考にしていただけたら幸いです。

 

1996年公演『丈夫な足場』

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ゲスト:中村有志いとうせいこう 作/演出:三木聡 音楽:小西康陽

前年公演『愚者の代弁者、うっかり東へ』に続き、盟友である中村有志いとうせいこうが参加。黄金期と言われる90年代の三木聡時代においても、95年〜98年の五人体制による一連の公演は屈指の人気を誇り、中でも本作は「シティボーイズ最高傑作」とも称される名作です。五人による鉄壁のコンビネーションと見事な構成による圧巻の伏線回収、まさにコント史に残る作品と言えるでしょう。

 

1999年公演『夏への無意識』

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ゲスト:なし 作/演出:三木聡 音楽:小西康陽

四年にわたって続いた中村/いとうを交えた五人体制から一転、六年ぶりとなったゲストなしの三人公演。リストラされた中年男三人が公園で会社ごっこに明け暮れる30分超の大作『漂流商事』に始まり、哀愁あふれる切ない「笑い」が展開していきます。ナンセンスながらもペーソスを感じさせる内容は、まさにシティボーイズにしか体現できない唯一無二の世界観と言えるでしょう。

 

2003年公演『NOTA 恙無き限界ワルツ』

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ゲスト:中村有志、YOU、五月雨ケイ子 作/演出:細川徹 音楽:西寺郷太

2001年公演『ラ・ハッスル・きのこショー』から作/演出が細川徹へと交代、また中村有志がレギュラー参加となり、以降2013年までの全公演にゲスト出演しました。本作品には中村さんに加えて、RGS時代に共演経験のあるYOU、漫画家として知られる五月雨ケイ子が参加。個性的なメンバーが揃い、数々の伏線を交えた巧みな構成のもと、唯一無二の世界観が繰り広げられました。

 

2011年公演『動かない蟻』

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ゲスト:中村有志辺見えみり荒川良々 作/演出:天久聖一 音楽:坂口修

10年間にわたってコラボレートしてきた細川徹に代わり、作・演出を務めたのはサブカルチャー界有数の漫画家として知られる天久聖一。前年までのマイルドな作風から一転、辺見えみり荒川良々という個性際立つゲスト陣を交え、ダークで強烈な世界観のもと、同年に発生した東日本大震災をテーマに取り入れた、シティボーイズ史上もっともメッセージ性の強い作品となりました。

 

2013年公演『西瓜割の棒、あなたたちの春に、桜の下ではじめる準備を』

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ゲスト:中村有志いとうせいこう戌井昭人笠木泉 作/演出:宮沢章夫 音楽:高田蓮

竹中直人中村有志いとうせいこう等を交えた伝説のユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」で作・演出を務めた宮沢章夫を24年ぶりに迎え、いとうせいこうも久しぶりの参加、ラジカル復活とも謳われた金字塔的公演。前公演に続き東日本大震災をテーマとして、ナンセンスでありながら時代批評と社会風刺を交えた、シティボーイズにしか描けない前人未到の内容となりました。

 

 

他にも名作満載のシティボーイズ作品!

いかがでしたでしょうか。シティボーイズが約40年にわたって追求してきた、唯一無二の「笑い」の数々をご紹介してきました。

シティボーイズは、2015年公演『ファイナル part.1 燃えるゴミ』を最後に舞台活動からの引退を発表、現在は活動休止の状態となっていますが、2017年に三木聡との17年ぶりのコラボレーションとなった長編コント『仕事の前にシンナーを吸うな、』を発表したり、その後も所属事務所のイベントで新作コントを披露したりと、単独公演こそ休止中ながらコンスタントに舞台活動を続けています。この流れで、新作公演の実現にも期待を寄せたいところですね。

今回ご紹介した他にも、全部で22の公演作品が現在ソフト化されており、名作コントが満載です。一部入手困難となっている作品もありますが、興味のある方はぜひチェックしてみてください。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

プリンス『Sign O' The Times (Super Deluxe)』個人的おすすめトラック!

その圧倒的なクリエイティビティによって、幾多のヒット曲、そして数えきれない「未発表曲」を遺した、80年代屈指の天才ミュージシャン・プリンス。2016年の逝去後、一度も公式リリースされたことのなかった膨大な未発表曲のアーカイブがようやくパッケージ化され、日の目を見ることとなりました。

今回は、プリンス最高傑作とも称される名盤『Sign O' The Times』のスーパー・デラックス・エディション(2020年発売)に収録された45曲におよぶ未発表音源の中から、個人的におすすめの10曲を厳選してご紹介します。

 

 

 

天才プリンスの最高傑作『SOTT』とは

アルバム『Purple Rain』から活動をともにしてきたバックバンド、ザ・レボリューションを1986年に解散したプリンスは、再び単独での楽曲制作ならびにレコーディングを開始、バンド解散の翌年にあたる1987年、二枚組の大作『Sign O' The Times』を発表しました。

このアルバムが完成するまでには、数々の紆余曲折があったことが知られています。この時期、プリンスのクリエイティビティは頂点に達しており、膨大な数の楽曲がレコーディングされ、それらをリリースするべく幾多のプロジェクトが企画されました。しかし、ザ・レボリューションの解散などの影響により、あらゆるプロジェクトが立ち上がっては頓挫、最終的に当時の集大成として纏められたアルバム『Sign O' The Times』が発表されたのでした。

 

発売から33年を経て復活した『SOTT』

それから33年。本編アルバムのリマスター音源に加え、先述のプロジェクトの頓挫などに伴って封印されていた未発表曲の数々、かのマイルス・デイヴィスもゲスト参加したペイズリー・パークでのライブ映像まで収録した「スーパー・デラックス・エディション」が発売されました。

デモならではのアットホームな雰囲気の漂う音源から、本編収録の楽曲群にも比肩する名曲まで、その充実ぶりはまさしく33年越しに実現したファン待望の内容と呼ぶにふさわしいものとなりました。

 

 

個人的におすすめ『Sign O' The Times』未発表曲!

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充実の内容だった「スーパー・デラックス・エディション」ですが、あまりに充実しすぎていてどの辺りから聴けばいいのか分からないという方も少なくないかもしれません。本当は全曲聴くことが出来れば良いですが、全部で63曲(!)収録された未発表トラックを総ざらいするのは、なかなかの根気を要する作業です。

というわけで、今回は個人的におすすめの未発表曲10曲を選び、プレイリストを作成してみました。よかったら聴いてみてください。

 

01. Strange Relationship

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アルバム本編にも収録され、ライブでもたびたび演奏された人気曲ですが、こちらはその「オリジナル版」にあたる未発表音源です。楽曲はもともと1985年ごろに完成していましたが、その後ザ・レボリューションが解散、プリンスはウェンディ&リサが手がけたイントロ等を大幅に削除して、本作に収録しました。

 

02. Everybody Want What They Don't Got

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幻のアルバム『Dream Factory』のレコーディングにおいて制作された楽曲。プリンスの未発表曲の中でもファン人気の高い作品で、2000年に実施された未発表音源のリリースプロジェクト『Crystal Ball Volume Ⅱ*1』の収録曲を決める投票企画でも高い得票を獲得、収録タイトルとして選出されました。

 

03. Jealous Girl (Version 2)

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晩年の名曲『Baltimore』を彷彿とさせるポップな名曲。1981年に制作されてから、フッカーズ、バングルズ、ボニー・レイットの三組に提供が検討されたものの、どれも叶わずお蔵入りとなってしまいました。本音源は「Version 2」ですが、オリジナルにあたる「Version 1」は今もなお公開されていません。

 

04. I Need A Man

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ガールズ・グループ、フッカーズへの提供楽曲として制作されましたが、フッカーズがヴァニティ6として再構成されたことをきっかけにお蔵入り、その後ブルースシンガーとして知られるボニー・レイットへの提供も検討されましたが、レイットが辞退したため叶いませんでした。

 

05. In A Large Room With No Light

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こちらも『Dream Factory』制作中にレコーディングされ、ザ・レボリューションの解散に合わせてお蔵入りとなった楽曲。未発表曲の中でも高い人気を誇る一曲です。2009年、モントルー・ジャズ・フェスティバル出演に合わせて、ジャズ風のアレンジで再録音された音源が公開され、ステージでも演奏されました。

 

06. Train

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もともとは『Dream Factory』に収録される予定でしたが(ザ・レボリューション不参加の作品ながらも)叶わず、その後R&Bシンガーとして知られるメイヴィス・ステイプルズに提供された楽曲です。サンプリング(?)によって刻まれる重厚なリズムが、巨大な列車を走らせる蒸気機関を彷彿とさせます。

 

07. When The Dawn Of The Morning Comes

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幻のプロジェクト『The Dawn』のために書き下ろされた楽曲ながら、プロジェクトの頓挫のためにお蔵入りとなりました。非常にプリンスらしいリン・ドラムの軽快なビートが心地いい一曲です。似た曲として、アルバム『Lovesexy』レコーディング中に制作された、同じく未発表の楽曲『The Line』が挙げられます。

 

08. Teacher, Teacher (1985 Version)

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1982年にプリンスが単独でレコーディングした未発表曲を、ウェンディ&リサを交えて1985年に再録した音源。オリジナル版よりもポップなアレンジが施されています。ロック・バンド、スリー・オクロックへの提供も検討されましたが叶いませんでした。ちなみに、1982年版は『1999』のデラックス版で聴けます。

 

09. All My Dreams

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もともとはアルバム『Parade』に最終曲として収録される予定だった楽曲でしたが、発表前に削除されてしまいました。その後もいくつかのプロジェクトで収録が検討されましたが、ザ・レボリューションの解散にともなってお蔵入りとなりました。楽曲の一部が人気曲『Acknowledge Me』に流用されています。

 

10. Forever In My Life (Early Vocal Run-Through)

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アルバム本編、ディスク1の最終曲として収録された楽曲の、制作初期にあたるバージョンです。プリンスらしい個性的なアレンジが施された完成版に比べ、楽曲の魅力をストレートに引き出した、シンプルな仕上がりとなっています。このバージョンを聴くと、アルバム版の聴こえ方も変わると思います。

 

 

ファンの数だけ楽しみ方がある

いかがでしたでしょうか。今回、プレイリストを制作しつつ聴いていて「やっぱりプリンスってスゴいんだな」と、改めて実感しました。どの曲も、お蔵入りになっていたというのが信じられないくらい、クオリティの高いものばかり。

今回ご紹介した楽曲の他にも「スーパー・デラックス・エディション」は名曲が満載です。私にとって印象的だったのは上記10曲ですが、きっと聴く人それぞれで印象に残る音源は異なると思います。というわけで結局「ぜんぶ聴いてみてください」という結論に落ち着いてしまいました。何だったんだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

*1:後に『Crystal Ball Volume Ⅱ』企画は中止となり、リリースは見送られました。

妄想アルバムvol.01「もしYMOが散開の直後に『再生』していたら…」

音楽産業の出現から現在まで、いわゆる「ポップミュージック」の歴史は、さまざまな出来事を経て紡がれてきました。例えばバンドの結成、そして解散。その背景にもまた、ミュージシャンの出会い、ビッグセールス、作風の変化、リリースの不調、レーベル移籍、バンド間の不和……など数々の出来事があり、その上で「大衆音楽」は生み出され、売り出され、歴史が形作られてきました。

その歴史を眺めるうちに「もしこの時、〇〇だったら……」と、もうひとつの世界線に想いを馳せてしまうのは、音楽ファンの性と言えるでしょう。今回は、そんな不毛でマニアックな妄想のひとつを、そのまま記事にしてみました。

 

 

 

1983年に「散開」を発表したYMO

1978年に結成して「テクノ・ミュージック」の一大ムーブメントで日本中を席巻したYMO。しかし結成から五年後の1983年、メンバーの意向から「散開」が発表されました。散開後のメンバーはそれぞれのソロ活動に専念、三人でのコラボレートは、十年後の「再生」まで実現しませんでした。

とはいえ、この十年間における各々の制作活動が、まったく異なる音楽性を志向していたというわけでもありません。事実、ほとんど同じタイミングで、三者そろって非常にテイストの近い作品を発表していた、いわば「シンクロ」を感じさせるような時期さえあったのです。

 

1984年〜1986年の元YMOソロ作品

お三方のソロ活動が「シンクロ」していた時期、それはYMO散開の直後にあたる1984年〜1986年のことです。この期間に発表されたそれぞれのソロアルバム三作品の内容を振り返ってみましょう。

 

高橋幸宏『WILD & MOODY』(1984年11月10日 発売)

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YMO散開直後の1984年。バンド活動終了後、初となるソロアルバムとして注目された高橋さんのアルバム『WILD & MOODY』が発表されました。それまではメンバーの中でも非常に「YMO色」の強いポップな楽曲でソロ活動を展開していた高橋さんでしたが、本作は一転、強烈なビートによって硬派な音楽性を志向した異色作と言える内容となりました。

とはいえ持ち味であるポップセンスは健在で、聴きやすい内容ではありながらもディスコグラフィー中でも特段「ハードで男前」な名作として、今もなおファンから愛されています。ちなみに、元YMOのお二人もゲスト参加しています。

 

細野晴臣『S-F-X』(1984年12月16日 発売)
S-F-X - EP

S-F-X - EP

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それから一ヶ月後。こちらも散開後、初のソロアルバムとなった細野さんのアルバム『S-F-X』が発表されました。その内容は、先発の『WILD〜』をも凌ぐ強烈なビート、そしてサンプリングの羅列によって構成された、非常に前衛的かつアグレッシブな作風で拵えられており、多くの音楽ファンを仰天させました。

このアルバムは細野さんにとって、自身が立ち上げたレーベル「ノン・スタンダード」からの第一号となる作品でもあり、アルバムとしての完成度は勿論、今後の音楽的志向を示すという意図も強く込められていたと考えられます。

 

坂本龍一未来派野郎』(1986年4月21日 発売)

それから二年後の1986年。他の二人に追随する形で、坂本さんの六枚目となるソロアルバム『未来派野郎』が発表されました。こちらもまた、先述の二作に勝るとも劣らない強烈なビートを軸とした内容で、いわば『B-2 UNIT』以来とも言える攻撃的な音楽性が、やはり当時のリスナーを圧倒しました。

坂本さんはその後もサンプリングの手法による音楽制作を追求、その志向はやがて90年代に入り「ヒップホップ」のサウンドへと繋がっていきます。

※本作は現在、権利関係の都合から配信サービス等では公開されていません。

 

音楽的シンクロの背景を考えてみる

この一連の同時期性には、まずポップミュージック全体におけるムーブメントが少なからず影響していると言えるでしょう。80年代中盤というと、音楽制作においてサンプリングという手法が一般化し、ヒップホップというジャンルが産声を上げた時期にあたります。

このシンクロはある意味、世界的に勃発したトレンドに反応する形で、お三方それぞれが自身の音楽に「時代性」を取り入れた結果、と言えるでしょう。

中でも細野さんは、リズムマシンやサンプリングなどを多用して制作された、極端に過激な響きをもった音楽を「O.T.T (= "Over the Top" 限界を超えた)」と名付け、アルバム『S-F-X』発表後も「フレンズ・オブ・アース」というユニットでの活動で、この作風を追求していきました。

各々の音楽性に基づいた差異はあれど、この時期にほぼ同じタイミングで元YMOメンバーが取り組んでいたこれらの音楽は、広く「O.T.T」に該当する内容で一致していたと言えると思います。

 

 

妄想アルバム『もしYMOが散開直後に再生していたら』

というわけで、今回は上記の三枚のアルバムから10曲をセレクト、それっぽく曲順を決めて「もしアルバムになっていたら、こんな感じなのではないか?」というプレイリストを作ってみました。

もし散開の直後にYMOが「再生」していたら、あるいは、散開しそこねて絶望的な不仲に陥ったYMOが「完全分業」でアルバムを作っていたら、という体でお楽しみください。

 

01. Wild and Moody / 高橋幸宏
WILD & MOODY

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アルバム『WILD & MOODY』の幕開けを飾った表題曲。サンプリングによる重厚なビートが印象的です。アルバム『WILD〜』の雰囲気をシンプルに体現した序曲であり、かつ「O.T.T」らしさあふれる、当時のお三方の音楽的志向を象徴する一曲と言えるのではないでしょうか。

 

02. Broadway Boogie Woogie / 坂本龍一

アルバム『未来派野郎』のオープニングを飾った、こちらもサンプリングが光りまくるヘビーでカッコいい名曲。男女の掛け合いの部分は、映画『ブレードランナー』からサンプリングされた音声で構成されています。タイトルの元ネタはオランダの画家、ピート・モンドリアンによる抽象絵画作品です。

 

03. Androgena / 細野晴臣
Androgena

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コシミハルさんのプラスティックなボーカルが印象的な、ポップであり妖しげな細野さんワールド全開の一曲。アルバム『はらいそ』に収録された名曲『ファムファタール』の続編のような印象を受けます。先日、細野さんのラジオに出演した岡村靖幸さんがこの曲を絶賛、界隈で話題になりました。

 

04. 黄土高原 / 坂本龍一

一方こちらは「坂本さんらしい」美麗なメロディーとコード進行のハーモニーが奏でる、ドラマティックな名曲です。黄土高原とは、中国・黄河周辺に広がる砂漠地帯のこと。一面に広がる砂漠の広大な展望を彷彿とさせる、エキゾチックで情感あふれる旋律が非常に美しく、ファンからの人気も高い一曲。

 

05. Kill That Thermostat / 高橋幸宏

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ニューウェーブど直球の哀愁あふれるメロディーが光る、高橋さんらしいポップな一曲。ベスト盤にも頻繁に選出されており、アルバムの中でも人気の高い楽曲です。タイトルを直訳すると「あの温度調節機を壊せ」ですが、歌詞のニュアンスとしては「君はクールすぎる、羽目を外そうよ」的な意味のようです。

 

06. Strange Love / 細野晴臣
Strange Love

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強烈なビートとキャッチーなメロディが絡み合った、ファンキーかつポップな名曲。タイトル/歌詞の元ネタは、キューブリックの名作『博士の異常な愛情』です。アルバムの中でも人気の楽曲で、後に細野さんが結成したユニット「フレンズ・オブ・アース」名義でのリアレンジ版も発表されました。

 

07. Walking to the Beat / 高橋幸宏

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強烈なビートと華麗なストリングスによって彩られた、ニューウェーブらしい哀愁のメロディーがたまらない、高橋さんのソロ楽曲の中でも屈指の人気を誇る名曲です。アルバムではトリを飾る最終曲として収録され、オーストラリアなど世界各国でシングル盤が発売されました。

 

08. 大航海 Verso Lo Schermo / 坂本龍一

まるで音の洪水のようなビートとサンプリングの応酬が強烈でカッコいい一曲。そこへ絡み合う美しくも狂気的なコーラスワークが、その世界観を助長させています。構造は「リズムの繰り返し」という単調なものでありながら、豊かな音色と練られた展開によって、聴く者を飽きさせない傑作です。

 

09. Alternative 3 / 細野晴臣
Alternative 3

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こちらもまたカオス極まりない、熾烈なサンプリングの嵐によって構成された一曲。タイトルは、火星移住計画をテーマとしたイギリスのフェイク・ドキュメンタリー『第三の選択』から引用されたものです。シンプルながら見事に「聴かせる」その内容に、改めて細野さんのセンスを実感させられる一曲です。

 

10. Dark Side of the Star / 細野晴臣
Dark Side of the Star

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アルバム『S-F-X』を締めくくった異色のピアノ曲。細野さんの楽曲としては非常に珍しいテイストですが、極端に過激なビート感覚へと振り切れたからこそ、その反動として生まれた作品と言えるでしょう。アンビエントを彷彿とさせる、音数の少ないシンプルなメロディーが美しいです。

 

 

おわりに 〜 嘘から出た真というか

いかがでしたでしょうか。ただの妄想と思っていても、実際にプレイリストを制作してみると「意外とまとまるものだな」といった具合に、予期せぬリアリティを醸し出したりして面白いです。実情としては完全にソロ楽曲の寄せ合わせなのですが、結果としてはYMOのアルバムと言われても「まあそうなのかな」と頷けなくもない雰囲気になりました。なってしまいました。

遊びのつもりで作ったのですが、いちばん最後の『SERVICE』みたいな、後期のやっつけっぽい分業感を、今さら蒸し返してしまったようなフシがあります。そういえば実際、終盤のYMOって本当にこんな感じでした。嘘から出た真というか、逆説的に現実を言い当ててしまった、みたいな気分です。ちょっと複雑。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

シンディ・ローパーの『Time After Time』が好きすぎた男の末路。

主だって、世界中のポップスは「メロディーと歌詞」の二つの要素で成り立っています。かといって、綺麗なメロディーに美しい歌詞が乗っかれば必ず名曲になる、というわけではありません。強い感情の響きを持ったメロディーに、これまたその感情をずばりと言い当てた歌詞が乗ることによって、はじめて歌の世界に「情感」が生まれ、それこそが楽曲を「名曲」たらしめるのだと思います。

今回ご紹介する『Time After Time』もまた、普遍的な感情を見事に体現した「名曲」です。今回はこの一曲にフォーカスを置いて、その魅力を深堀りしていきたいと思います。

 

 

 

はじめに 〜 『Time After Time』とは

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80年代屈指の歌姫、シンディ・ローパーの代表曲として知られる『Time After Time』は、シンディにとって初のビルボード首位に輝いた大ヒット曲であり、かつ80年代の音楽シーンを代表する屈指の名曲です。

フーターズのロブ・ハイマンとの共作で手がけられた、哀愁あふれるメロディと切実で真っ直ぐな歌詞。そこに、シンセサイザーとギターのハーモニーが温もりを感じさせるアレンジが見事に調和して、情感あふれる素晴らしい詩世界が描き出されています。

発表直後から現在に至るまで無数のカバーバージョンが制作されており、今もなお幅広い世代に親しまれている、ポップス史上に残る名曲です。

 

私は『Time After Time』をこう考える

本作の歌詞は、一見すると普遍的な愛情を歌ったシンプルなもののように思えますが、しっかり読んでみると表現がかなり抽象的で、解釈の分かれそうな内容となっています。そこで今回は、私なりの解釈を以下に記してみました。

とりあえず、曲のメインであるサビ部分の歌詞に注目してみましょう。

If you're lost, you can look - and you will find me

Time after time

If you fall, I will catch you - I'll be waiting

Time after time

ここだけを読むと、互いに想いを寄せ、慈しみ合っているカップルの普遍的な愛情を描いた歌詞として解釈できます。しかしサビ以外、すなわちAメロBメロ部分に目を向けてみると、各所に気になる表現が散見されます。

I'm walking too far ahead

You're calling to me, I can't hear what you've said

Then you say, "go slow"

明らかに、二人のすれ違いが描かれています。また、こんな一節もあります。

Flashback - warm nights

Almost left behind

suitcases of memories

まるで「関係が終わった」ことを示唆するような表現です。

これらの歌詞からは、心を通わせられなくなった二人の「失恋」の切なさが読み取れます。しかし一方で、先述のサビ部分では、真っ直ぐで一途な愛情が歌われているのです。この矛盾が、この曲の歌詞を「解釈が分かれる」内容たらしめていると言えるでしょう。

一般的な解釈では、この曲は「遠距離恋愛をしている男女」の心情を綴ったものであると考えられることが多いです。ですが個人的には、この歌詞の主人公である男女はすでに何らかの形で別離しているのではないか、と思います。そしてこの歌詞は、離れ離れになったにも関わらずまだ相手のことを忘れられない、想い続ける気持ちを歌ったものではないかと思うのです。

実際、本曲のプロモーションビデオで冒頭に流れるクラシック映画『砂漠の花園』は、父親の看病に明け暮れる貞淑な女性が、修道院から逃げ出した若者と出会い、恋に落ち、そして別れるまでの姿を描いた、悲恋のラブストーリーです。加えて、プロモーションビデオの内容もまた、シンディが恋人を残して家族の元へ帰る、という筋書きになっています。

そして何と言っても「別れ」を彷彿とさせるのが、タイトルにもなっているこの表現です。

If you fall, I will catch you - I'll be waiting

Time after time

いつでも、という意味の「Always」などではなく、何度でも、という意味の「Time after time」という表現を用いているあたりに、ひとつの「ある関係」の状態の中で、というよりも、ひとつの状態に限定されない「超越した」想い、という印象を受けます。

つまり、この歌に込められているのは……何度離れ離れになっても、あるいは何度死んだって、何度でも私はあなたを想うはず……という心情ではないかと、個人的には思います。そう考えると「I'll be with you」などではなく「I'll be waiting」という表現を用いていることも、なんとなく腑に落ちるはずです。

ちょっと重すぎる解釈かもしれませんが、しかし根本にあるのは「あなたのことを想っている」というシンプルな想いで、やはり人間の普遍的な感情を豊かに表現した歌詞であると言えるでしょう。私はそういう風に読んだ上で、その切実さというか切なさに、非常に心打たれ、共感したのでした。

とはいえ、あくまでも「一解釈」に過ぎないので、きっと聴く人の数だけ、この歌詞の解釈は存在しうると思います。その懐の深さもまた、この曲の名曲たる所以であると言えるでしょう。

 

 

いろいろな『Time After Time』を集めてみた

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なんといっても世界的大ヒット曲なので、無数のライブ/カバーバージョンが存在している本作。というわけでここからは、その中でも秀逸なバージョンをまとめてご紹介します。オリジナルとの相似または差異を通じて、楽曲をより深く理解し、楽しむことができると思います。

 

01. Time After Time (from Live...At Last)

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2004年3月、ニューヨークでのライブ演奏。ギター二本とバイオリンのみ、というシンプルな構成ですが、十分に感動的なアレンジに仕上げられています。シンディが弾いている楽器、最初「琴か?」と思ってしまいました。デビュー当時と比べると渋みのある声になりましたが、やはり歌唱力は抜群。オリジナルに対してしっとりと歌い上げるボーカルが見事なライブテイクです。

※プレイリストに含まれているものとは別の音源です。

 

02. Time After Time (Covered by Everything But The Girl)

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80年代ネオアコを代表するバンド、エブリシング・バット・ザ・ガールによるカバー。1992年に発表されたコンピレーション『Acoustic』に収録されたバージョンです。基本的にはオリジナルに忠実なアレンジですが、サウンドとしてはこちらの方が圧倒的に垢抜けていて、シンプルでオーソドックス、かつEBTGらしいセンスの良さを感じさせる、見事なアレンジであると言えるでしょう。

 

03. Time After Time (Covered by Alex Goot)

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カバーの制作を中心に活動しているアメリカのミュージシャン、アレックス・グートが2012年に発表したカバー。映像を観れば分かる通り、すべての楽器をアレックス本人が演奏しています。アレンジとしては、楽曲を現代にそのまま生まれ変わらせたような、まさに「ど直球」といった趣きのシンプルさで、そのストレートっぷりが素直に心地良いです。車のCMとかに使えそう。

 

04. Time After Time (Covered by Miles Davis)

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モダン・ジャズ界の巨匠として知られるマイルス・デイヴィス。彼が、ジャンルに縛られることなくポップス等のカバーにも多く取り組んでいたことは、よく知られています。1985年に発表されたアルバム『You’re Under Arrest』では、マイケル・ジャクソン『Human Nature』と並んで、この曲が取り上げられました。この二曲は、その後もライブの定番曲となり、頻繁に演奏されました。

 

05. Time After Time (Covered by Tuck & Patti)

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アメリカのジャズ・デュオ、タック&パティによるカバー。彼らのデビューアルバム『Tears of Joy』に収録されました。タック・アンドレスによる美しいギターの音色と、パティ・キャスカートの暖かい歌声が絶妙にマッチした、非常に美しいアレンジです。一方、映像でご紹介するのはライブ・バージョン。終盤、ゴスペルのようなオーディエンスの合唱はあまりに美しく、こちらも必聴です。

 

 

これからも『Time After Time』とともに

曲としての構造はシンプルながら、切実な感情を見事に表現した名曲『Time After Time』は、きっとこれからも世代を越えて、長く愛されていくでしょう。

個人的には、今この関係だけにとどまらず、過去や未来や生や死まで超越して、想いを誓う歌詞(※解釈は聴く人次第です)は、ある意味「究極のラブソング」と言えるのではないかと思います。きっと、ひょっとしたら『天城越え』みたいな歌になってた可能性だってありますよね(ないない)。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。