シネクドキ・ポスターの回路

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妄想アルバムvol.01「もしYMOが散開の直後に『再生』していたら…」

音楽産業の出現から現在まで、いわゆる「ポップミュージック」の歴史は、さまざまな出来事を経て紡がれてきました。例えばバンドの結成、そして解散。その背景にもまた、ミュージシャンの出会い、ビッグセールス、作風の変化、リリースの不調、レーベル移籍、バンド間の不和……など数々の出来事があり、その上で「大衆音楽」は生み出され、売り出され、歴史が形作られてきました。

その歴史を眺めるうちに「もしこの時、〇〇だったら……」と、もうひとつの世界線に想いを馳せてしまうのは、音楽ファンの性と言えるでしょう。今回は、そんな不毛でマニアックな妄想のひとつを、そのまま記事にしてみました。

 

 

 

1983年に「散開」を発表したYMO

1978年に結成して「テクノ・ミュージック」の一大ムーブメントで日本中を席巻したYMO。しかし結成から五年後の1983年、メンバーの意向から「散開」が発表されました。散開後のメンバーはそれぞれのソロ活動に専念、三人でのコラボレートは、十年後の「再生」まで実現しませんでした。

とはいえ、この十年間における各々の制作活動が、まったく異なる音楽性を志向していたというわけでもありません。事実、ほとんど同じタイミングで、三者そろって非常にテイストの近い作品を発表していた、いわば「シンクロ」を感じさせるような時期さえあったのです。

 

1984年〜1986年の元YMOソロ作品

お三方のソロ活動が「シンクロ」していた時期、それはYMO散開の直後にあたる1984年〜1986年のことです。この期間に発表されたそれぞれのソロアルバム三作品の内容を振り返ってみましょう。

 

高橋幸宏『WILD & MOODY』(1984年11月10日 発売)

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YMO散開直後の1984年。バンド活動終了後、初となるソロアルバムとして注目された高橋さんのアルバム『WILD & MOODY』が発表されました。それまではメンバーの中でも非常に「YMO色」の強いポップな楽曲でソロ活動を展開していた高橋さんでしたが、本作は一転、強烈なビートによって硬派な音楽性を志向した異色作と言える内容となりました。

とはいえ持ち味であるポップセンスは健在で、聴きやすい内容ではありながらもディスコグラフィー中でも特段「ハードで男前」な名作として、今もなおファンから愛されています。ちなみに、元YMOのお二人もゲスト参加しています。

 

細野晴臣『S-F-X』(1984年12月16日 発売)
S-F-X - EP

S-F-X - EP

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それから一ヶ月後。こちらも散開後、初のソロアルバムとなった細野さんのアルバム『S-F-X』が発表されました。その内容は、先発の『WILD〜』をも凌ぐ強烈なビート、そしてサンプリングの羅列によって構成された、非常に前衛的かつアグレッシブな作風で拵えられており、多くの音楽ファンを仰天させました。

このアルバムは細野さんにとって、自身が立ち上げたレーベル「ノン・スタンダード」からの第一号となる作品でもあり、アルバムとしての完成度は勿論、今後の音楽的志向を示すという意図も強く込められていたと考えられます。

 

坂本龍一未来派野郎』(1986年4月21日 発売)

それから二年後の1986年。他の二人に追随する形で、坂本さんの六枚目となるソロアルバム『未来派野郎』が発表されました。こちらもまた、先述の二作に勝るとも劣らない強烈なビートを軸とした内容で、いわば『B-2 UNIT』以来とも言える攻撃的な音楽性が、やはり当時のリスナーを圧倒しました。

坂本さんはその後もサンプリングの手法による音楽制作を追求、その志向はやがて90年代に入り「ヒップホップ」のサウンドへと繋がっていきます。

※本作は現在、権利関係の都合から配信サービス等では公開されていません。

 

音楽的シンクロの背景を考えてみる

この一連の同時期性には、まずポップミュージック全体におけるムーブメントが少なからず影響していると言えるでしょう。80年代中盤というと、音楽制作においてサンプリングという手法が一般化し、ヒップホップというジャンルが産声を上げた時期にあたります。

このシンクロはある意味、世界的に勃発したトレンドに反応する形で、お三方それぞれが自身の音楽に「時代性」を取り入れた結果、と言えるでしょう。

中でも細野さんは、リズムマシンやサンプリングなどを多用して制作された、極端に過激な響きをもった音楽を「O.T.T (= "Over the Top" 限界を超えた)」と名付け、アルバム『S-F-X』発表後も「フレンズ・オブ・アース」というユニットでの活動で、この作風を追求していきました。

各々の音楽性に基づいた差異はあれど、この時期にほぼ同じタイミングで元YMOメンバーが取り組んでいたこれらの音楽は、広く「O.T.T」に該当する内容で一致していたと言えると思います。

 

 

妄想アルバム『もしYMOが散開直後に再生していたら』

というわけで、今回は上記の三枚のアルバムから10曲をセレクト、それっぽく曲順を決めて「もしアルバムになっていたら、こんな感じなのではないか?」というプレイリストを作ってみました。

もし散開の直後にYMOが「再生」していたら、あるいは、散開しそこねて絶望的な不仲に陥ったYMOが「完全分業」でアルバムを作っていたら、という体でお楽しみください。

 

01. Wild and Moody / 高橋幸宏
WILD & MOODY

WILD & MOODY

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アルバム『WILD & MOODY』の幕開けを飾った表題曲。サンプリングによる重厚なビートが印象的です。アルバム『WILD〜』の雰囲気をシンプルに体現した序曲であり、かつ「O.T.T」らしさあふれる、当時のお三方の音楽的志向を象徴する一曲と言えるのではないでしょうか。

 

02. Broadway Boogie Woogie / 坂本龍一

アルバム『未来派野郎』のオープニングを飾った、こちらもサンプリングが光りまくるヘビーでカッコいい名曲。男女の掛け合いの部分は、映画『ブレードランナー』からサンプリングされた音声で構成されています。タイトルの元ネタはオランダの画家、ピート・モンドリアンによる抽象絵画作品です。

 

03. Androgena / 細野晴臣
Androgena

Androgena

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コシミハルさんのプラスティックなボーカルが印象的な、ポップであり妖しげな細野さんワールド全開の一曲。アルバム『はらいそ』に収録された名曲『ファムファタール』の続編のような印象を受けます。先日、細野さんのラジオに出演した岡村靖幸さんがこの曲を絶賛、界隈で話題になりました。

 

04. 黄土高原 / 坂本龍一

一方こちらは「坂本さんらしい」美麗なメロディーとコード進行のハーモニーが奏でる、ドラマティックな名曲です。黄土高原とは、中国・黄河周辺に広がる砂漠地帯のこと。一面に広がる砂漠の広大な展望を彷彿とさせる、エキゾチックで情感あふれる旋律が非常に美しく、ファンからの人気も高い一曲。

 

05. Kill That Thermostat / 高橋幸宏

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ニューウェーブど直球の哀愁あふれるメロディーが光る、高橋さんらしいポップな一曲。ベスト盤にも頻繁に選出されており、アルバムの中でも人気の高い楽曲です。タイトルを直訳すると「あの温度調節機を壊せ」ですが、歌詞のニュアンスとしては「君はクールすぎる、羽目を外そうよ」的な意味のようです。

 

06. Strange Love / 細野晴臣
Strange Love

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強烈なビートとキャッチーなメロディが絡み合った、ファンキーかつポップな名曲。タイトル/歌詞の元ネタは、キューブリックの名作『博士の異常な愛情』です。アルバムの中でも人気の楽曲で、後に細野さんが結成したユニット「フレンズ・オブ・アース」名義でのリアレンジ版も発表されました。

 

07. Walking to the Beat / 高橋幸宏

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強烈なビートと華麗なストリングスによって彩られた、ニューウェーブらしい哀愁のメロディーがたまらない、高橋さんのソロ楽曲の中でも屈指の人気を誇る名曲です。アルバムではトリを飾る最終曲として収録され、オーストラリアなど世界各国でシングル盤が発売されました。

 

08. 大航海 Verso Lo Schermo / 坂本龍一

まるで音の洪水のようなビートとサンプリングの応酬が強烈でカッコいい一曲。そこへ絡み合う美しくも狂気的なコーラスワークが、その世界観を助長させています。構造は「リズムの繰り返し」という単調なものでありながら、豊かな音色と練られた展開によって、聴く者を飽きさせない傑作です。

 

09. Alternative 3 / 細野晴臣
Alternative 3

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こちらもまたカオス極まりない、熾烈なサンプリングの嵐によって構成された一曲。タイトルは、火星移住計画をテーマとしたイギリスのフェイク・ドキュメンタリー『第三の選択』から引用されたものです。シンプルながら見事に「聴かせる」その内容に、改めて細野さんのセンスを実感させられる一曲です。

 

10. Dark Side of the Star / 細野晴臣
Dark Side of the Star

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アルバム『S-F-X』を締めくくった異色のピアノ曲。細野さんの楽曲としては非常に珍しいテイストですが、極端に過激なビート感覚へと振り切れたからこそ、その反動として生まれた作品と言えるでしょう。アンビエントを彷彿とさせる、音数の少ないシンプルなメロディーが美しいです。

 

 

おわりに 〜 嘘から出た真というか

いかがでしたでしょうか。ただの妄想と思っていても、実際にプレイリストを制作してみると「意外とまとまるものだな」といった具合に、予期せぬリアリティを醸し出したりして面白いです。実情としては完全にソロ楽曲の寄せ合わせなのですが、結果としてはYMOのアルバムと言われても「まあそうなのかな」と頷けなくもない雰囲気になりました。なってしまいました。

遊びのつもりで作ったのですが、いちばん最後の『SERVICE』みたいな、後期のやっつけっぽい分業感を、今さら蒸し返してしまったようなフシがあります。そういえば実際、終盤のYMOって本当にこんな感じでした。嘘から出た真というか、逆説的に現実を言い当ててしまった、みたいな気分です。ちょっと複雑。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。