これはもう、映画界における「古典主義」と言っても過言ではありません。
ギレルモ・デル・トロ監督の『ナイトメア・アリー』は、そんな映画でした。
映画『ナイトメア・アリー』とは?
オスカーを受賞した前作『シェイプ・オブ・ウォーター』に続く、ギレルモ・デル・トロ監督四年ぶりの新作となった本作。アメリカの作家、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによって著された同名小説を原作に、脚本・監督をデル・トロが担当。主演を務めたのは『アメリカン・スナイパー』のブラッドリー・クーパー、その他にもケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、ウィレム・デフォー、トニ・コレットなど豪華なキャスト陣が集結し、脇を固めています。
二度目の映画化となった原作小説
実は二度目となる本作の映画化。前回の映像化は1947年、小説の刊行から一年後のことでした。映画表現における「群像劇」のスタイルを確立したといわれる名作『グランド・ホテル』を手掛けた巨匠エドマンド・グールディングが監督、当時『怪傑ゾロ』等のヒット作で二枚目俳優として人気を博していたタイロン・パワーが主演を務めました。
残念ながら興行成績は不調に終わり、日本での公開も叶いませんでしたが、時が経つにつれ評価は高まり、今ではノワールの古典として高く評価されています。
驚くほどストレートな王道ノワール
本作の魅力とは、古典的な「ノワール」の面白さ、そのものです。
ある出来事をきっかけに膨れ上がる欲望を抑えられなくなり、取り憑かれ、やがて朽ち果てていく哀れな人々を描いたストーリー。そんな救いのない物語を、美しい劇作へと昇華させてしまう映画の魔力。こうした昔ながらの「ノワール」ならではのテイストを、現代の表現として完璧に復刻、体現したのが本作です。
古典のように無駄のないストーリーテリング
昨今の映画表現にありがちな、時間軸の交錯や視点の切り替えといった凝った語り口は一切なく、物語は始まりから終わりまでを一直線に描き、主人公を追いかけていくように淡々と展開していきます。そのシンプルで無駄のない語り口はまさしく古典の名画を観ているような、クラシカルな趣きを感じさせます。
巧みな「雰囲気作り」が生む圧倒的な世界観
ともすれば地味なストーリーのように思えるかもしれませんが、ダークファンタジー調の世界観を描き出す「雰囲気作り」はあまりに見事で、その緻密な創造性が観客を飽きさせません。そのダークかつ耽美な世界観は、前作『シェイプ・オブ・ウォーター』とは一線を画す趣きでありながらも見事な完成度で、デル・トロ監督の豊かな才能が伺えます。
すなわち本作は、デル・トロ監督の圧倒的な表現力、そして「ノワール」への深い愛情が結実した「超正統派ネオ・ノワール」と言えるでしょう。
影響を与えた(かもしれない)名作3選
シンプルで容赦のない物語を、魅力的な表現によって豊潤に描き出す。これが本作の魅力であり、また同時に「ノワール」の魅力であると言えます。
特別な野望など無くとも、あるきっかけから「欲望」に取り憑かれ、やがて身を堕としていく登場人物たちの姿は、あるいは私たち自身であったかもしれない姿であり、共感を禁じ得ません。そして「表現」としては、題材やストーリーがシンプルであるだけに、そこに創作の魔法をかけられるかどうか、表現者としての力量がストイックに試されるジャンルのひとつでもあります。
これらの特徴から「ノワール」は、映画ファンの間でも特に人気の高いジャンルとして知られています。ここからは、数あるフィルム・ノワールの中から個人的におすすめの名作三本をご紹介していきます。もし『ナイトメア・アリー』にハマったら、これらの作品もきっと楽しめると思います。
『深夜の告白』(1944)
監督:ビリー・ワイルダー 脚本:レイモンド・チャンドラー、ビリー・ワイルダー
数々の名作で知られる巨匠、ビリー・ワイルダー監督による初期の傑作。主人公の回想を通して、ある不倫関係のもとに企てられた保険金殺人の顛末が描かれます。ワイルダー監督とともに脚本を担当したのは、ハードボイルド小説の第一人者として知られる文豪、レイモンド・チャンドラー。異色のコラボレートで生み出された本作は、今もなおノワールの代表的古典として高く評価されています。
『第三の男』(1949)
監督:キャロル・リード 脚本:グレアム・グリーン 主演:ジョゼフ・コットン
名匠キャロル・リードの代表作にして、映画史に燦々と輝く屈指の名作。アントン・カラスが手がけたテーマ曲、オーソン・ウェルズの印象深い名台詞、長回しワンカットによる強烈なラストシーンは、あまりにも有名です。第三回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、現在でも「映画史上最高の作品ベストテン」等の投票企画では必ず上位に挙げられる、多くの映画ファンに愛される作品です。
『バーバー』(2001)
脚本/監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 主演:ビリー・ボブ・ソーントン
80年代を代表するフィルムメーカーとして知られるコーエン兄弟が、影響を受けたノワールの名作群へのオマージュを込めながら、その鬼才ぶりを遺憾なく発揮したネオ・ノワールの傑作。自身初となるモノクロ作品ながら、カンヌ国際映画祭で三度目の監督賞に輝いたほか、数々の映画祭で高く評価されました。主演を務めたのは、音楽家としての活躍でも知られるビリー・ボブ・ソーントン。
映画ファンも、そうでない方も
いかがでしたでしょうか。
残酷なストーリーと豊かな表現力が絡み合った『ナイトメア・アリー』は、ノワールとして高い完成度を誇る傑作と言えるでしょう。映画表現が好きな方であれば、興奮することは請け合いです。あるいは「ノワール」というジャンルを知らない方でも、その圧倒的な世界観への没頭、非日常的な「映画らしい」時間を味わえると思います。興味のある方はぜひ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。