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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #3『青空百景』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

7thアルバム『青空百景』(1982年9月25日発売)

キャリア通算七作目となるアルバム『青空百景』は、先鋭的すぎるという理由でお蔵入りになってしまった前作『マニア・マニエラ』の代替作として急遽レコーディング、発売された作品として知られています。前作までのアヴァンギャルドな作風を一旦断ち切るべく、キャッチーでポップな楽曲がずらりと並んだ本作は、バンド80年代期における名盤のひとつとして今なお根強い人気を誇っています。

振り返ってみると、70年代におけるムーンライダーズの音楽性には、色濃い「邦楽らしさ」を感じさせる歌謡曲的なテイストが含まれていました。80年代以降の作品と比較すると、聴きやすくはあるものの、それはある意味で少しベタっぽい「既聴感」とも言えるものでした。良くも悪くも「いわゆる」邦楽テイストに通じる平凡さが、バンドとしてのオリジナリティとせめぎ合っていたのが、70年代のライダーズでした。

本作において、ふたたび本格的に「聴きやすさ」を取り戻したムーンライダーズが、つまり先述の70年代的な作風に回帰したのかというと、そうではありません。本作においてムーンライダーズは、前作までの流れに沿って80年代の革新的アレンジ・テクニックを駆使しつつ、馴染みやすい「邦楽っぽさ」に依存することのない、斬新かつオリジナリティあふれる「ライダーズ流ポップ・ロック」を完成させたのです。

バンドの目論見通りにポップ路線は功を奏し、シングルカットされた『僕はスーパーフライ』ではバンド初となるTV-CMタイアップを獲得しました。自分達の作りたいものを作る、というだけでなく「売れるものを作る」という大衆への意識は次作にも引き継がれ、長らく続いていたセルフ・プロデュース体制から一旦脱却、久々となる外部プロデューサーの起用に繋がることになります。

 

 

01. 僕はスーパーフライ

キャッチーながらもどこか捻くれた構成が見事な、まさしくムーンライダーズ流ポップを代表する人気曲。幕開けとしてアルバム全体のテイストを印象づける名曲です。僕はハエになって君の周りぐるぐる回る……という印象的な歌詞は、高橋幸宏をモデルにしているそうです笑。TVCM「ミノルタ 押すだけ全自動クォーツ」使用曲。

 

02. 青空のマリー

白井良明が手がけた、こちらも屈指の人気曲。バンド全楽曲の中でも一、二を誇るキャッチーなメロディーが印象深いです。歌詞提供として『9月の海はクラゲの海』などでも知られるサエキけんぞうがクレジットされていますが、メンバーによる手直しによって原型はほとんど残っていないそうです。

 

03. 霧の10㎡

作詞・作曲は鈴木博文。ユニークなタイトルに加え、非常に博文さんらしい断片的かつ叙情的な歌詞が印象的です。同じく博文さんが手がけた前作の収録曲『振子と滑車』を彷彿とさせる雰囲気がありますが、耽美な世界観を感じさせた『振子〜』に対して、こちらは比較的明るさを感じさせる印象です。

 

04. 真夜中の玉子

独特なサウンド処理とユニークな曲調が前作『マニア・マニエラ』にも通じるアヴァンギャルドを感じさせますが、めくるめく展開とポップなメロディーが聴き易く楽しい一曲。意味があるのかないのか絶妙なバランス感覚が秀逸な歌詞は、なんとこちらも博文さんによるもの。博文さんの詩人としての懐の深さを改めて感じます。

 

05. トンピクレンッ子

イントロから、アップテンポなノリの良さと逆再生などで凝りまくったサウンドのアンバランス加減が最高にムーンライダーズ。ライブでも盛り上がる定番曲となっています。タイトルの「とんぴくれん」は江戸言葉で「おっちょこちょい」という意味。陽気でキャッチーな雰囲気も含めて、下町育ちの白井さんらしさ全開の一曲です。

 

06. 二十世紀鋼鉄の男

レコードではB面のオープニングにあたる、こちらもライブ定番曲のひとつである人気曲。どことなく前作『マニア・マニエラ』を彷彿とさせるタイトルは無骨な印象ですが、キャッチーなメロディーには橿渕さんらしい情緒的なセンスが光っています。とても聴きやすい、アルバム屈指のポップチューンと言えるでしょう。

 

07. アケガラス

穏やかなメロディーでシンプルな曲構造、アルバムの中でもかなり聴きやすい一曲。イメージが浮かぶような浮かばないような、絶妙に抽象的な歌詞は博文さんの真骨頂。アレンジにおいては、要所で奏でられる武川さんのバイオリンが印象的です。カラスということですが、後ろで聴こえている鳴き声はどう聴いても海猫です…。

 

08. O.K. パ・ドゥ・ドゥ

素朴かつエモーショナル、どこか切ないメロディーが印象的な一曲。作曲クレジットから、岡田さん・かしぶちさん・慶一さんがそれぞれ持ち寄ったメロディーを組み合わせた作品のようです。しりとりのように単語が連鎖する歌詞もユニークです。パ・ドゥ・ドゥとは、バレエにおいて男女二人の踊り手によって演じられる舞踊のこと。

 

09. 物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、目をつぶれ

ポップではありながらも、目まぐるしい曲調の変化があまりにユニークな、おそらく本作随一の野心作。こうした組曲のようなメロディー構成は次作にも引き継がれ、バンド独自のポップテイストとして更に洗練されていきます。歌詞においては、タイトルも含めて慶一さんのニューロティックな精神性が炸裂しており、素晴らしいです。

 

10. くれない埠頭

今もなおライブのフィナーレを飾る定番曲にして、問答無用の大名曲。センチメンタルなメロディーに、断片的なセンテンスの中でも切ない郷愁を感じさせる歌詞が見事に絡み合い、特にアウトロのリフレインは胸に迫ります。凝ったサウンド面においては、リバーブの効いたギターのエモーショナルな響きが印象的です。

 

 

ムーンライダーズ初心者にも最適の一枚

発売中止という予期せぬハプニングから生まれた作品でありながら、急遽制作されたとは思えないほどの充実作となった本作によって、バンドは見事『マニア・マニエラ』のお蔵入りを克服、単なるアヴァンギャルドにとどまらない懐の深さを顕示しました。バンドとしての代表曲を多数収録、先鋭的なサウンドでありながら親しみやすいメロディーにあふれた本作は「ムーンライダーズ入門」としても最適の一枚です。

発売中止〜本作の制作という一連の出来事をきっかけに、バンド内においては「売れる音楽を作る」という意識が高まっていました。そして次作、ムーンライダーズは2ndアルバム『イスタンブール・マンボ』以来となる「外部プロデューサーの起用」を敢行。サウンドへのこだわりやプロデューサーとの衝突により制作は難航、総じて500時間にも及んだレコーディングの末、ついに完成した8thアルバムはキャリア最高売上を記録したバンドの代表作となりました。