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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #2『マニア・マニエラ』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

6thアルバム『マニア・マニエラ』(1982年12月15日発売)

ムーンライダーズ史上最大の問題作として知られる『マニア・マニエラ』は、バンドのディスコグラフィーにおいて、制作順としては六枚目となるアルバム、しかし発売順では次作『青空百景』に続く七枚目にあたります。これは、本作が完成後に発売中止に追いやられてしまったこと、そして代作として急遽、次作にあたる『青空百景』が制作・発売された、という背景に起因しています。

本作においてバンドの音楽性を決定づけたのは、キーボード担当の岡田徹が購入した、当時の最新機材であるデジタルシーケンサーの元祖機「MC-4」でした。その非常に高価な値段設定から入手するのは至難の業、日本においても所有/レコーディングに導入していたのは冨田勲YMOなどのごく一部のミュージシャンに限られていた本機。その導入によって、バンドのサウンドは前作から躍進的な変化を遂げます。

デジタルシーケンサーによる独特のリズムと音色によって、オリジナリティ溢れる革新的な音世界を完成させたムーンライダーズ。しかし結果として、皮肉にもその「進化」こそが、本作を「幻のアルバム」たらしめてしまったのです。

本作を「移籍後初のアルバム」として売り出そうとしていたレコード会社側は、そのあまりに前衛的な内容に難色を示しました。そして議論の末、最終的にはメンバー自身がお蔵入りを決定する形で、本作の発売中止が決定。バンドは空いた穴を埋めるべく代替作のレコーディングに取り掛かり、本作とは対照的にポップ路線を追求した傑作『青空百景』を完成させ、発表しました。

『青空百景』のリリースから三ヶ月後、当時まったく普及していなかったCD形態でのリリースで、本作はついに解禁されました。一部では「CDのみで発売された世界初のアルバム」とも言われている本作ですが、LP全盛の当時においてCDの再生環境は皆無に等しく、実質的な初リリースは84年に発売されたカセットブック版(あるいは86年発売のLP版)として認識されています。

ちなみに先述のオリジナル版CDは(そりゃそうだろう、と思いますが)プレス数が極めて少なかったことで知られており、現在はプレミア価格で取引されています。

 

 

01. Kのトランク

作詞を務めたのは歌手/写真家の佐藤奈々子。タイトルの「K」は鈴木慶一を指しています。歌詞中に出てくる「薔薇がなくちゃ生きていけない」とは現代芸術家ヨーゼフ・ボイスの言葉で、アルバム全体におけるキーフレーズとなっています。機械的なリズムにコーラスワークが絡み合う、まさしく本作の幕開けにふさわしい一曲。

 

02. 花咲く乙女よ穴を掘れ

イントロから軍歌のような荘厳な雰囲気が漂う異色のポップチューン。86年のLP版発売の際、唯一のシングル盤として発売されました。メロディーの雰囲気を見事に捉えつつ、ミステリアスで聴く者の想像力を掻き立てる秀逸な歌詞は、コピーライターの糸井重里によるもの。こちらも凝ったボーカル/コーラスが印象的です。

 

03. 檸檬の季節

本作の聴きどころといえば、MC-4の制御による機械的なビートや音色と、生々しいボーカルや人力演奏の響きが絡み合った、その独特の音世界。この曲では、シビアに疾走するビートの合間を縫って、アコースティック・ピアノやバイオリンの美しい音色が効果的に散りばめられています。こちらも作詞は佐藤奈々子

 

04. 気球と通信

いかにも80年代らしいシーケンサーのリフが印象に残る、落ち着いたリズムとポップなメロディーで(本作でも数少ない)肩の力を抜いて楽しめる一曲。ポップに振り切れた次作『青空百景』に通じる雰囲気を感じさせます。とはいえ、アレンジは相変わらずの凝りっぷり。間奏での「ツウシン」が楽しいです。

 

05. バースディ

極端に少ない音数、その割に変則的で凝りに凝ったアレンジ。問答無用のど直球・80'sポストパンクです。80'sの代名詞とも言えるドラムマシン「TR-808」の印象的な音色も効果的。断片的で誕生日感ゼロの不穏きわまりない歌詞は、バンドの代表曲のひとつ『9月の海はクラゲの海』等でも作詞を務めたサエキけんぞうによるもの。

 

06. 工場と微笑

現在でもライブで頻繁に演奏されている、アルバムを代表する人気曲。ポップではありつつも労働歌のような重々しさが漂うメロディーに、アルバム全体のテーマの一つである「労働」をモチーフとした歌詞、ムーンライダーズならではの野太いコーラスワークを軸としたアレンジが見事にハマっています。

 

07. ばらと廃物

人力演奏中心のアレンジ、すなわちコンピューター然とした無機質なリズム感覚が薄めで、雰囲気としては前作『カメラ=万年筆』にも通じるテイストを感じさせる一曲。キーワードはもちろん「薔薇」です。個人的には、コーラスとトランペットが絡み合うアウトロ「ジャンク・モービル、ジャンク・モービル……」が好きです。

 

08. 滑車と振子

無機質なリズムと生楽器/コーラスが絶妙に絡み合った、まさに本作ならではの音世界。特に「ヨイヤイ……」という民謡のようなコーラスが印象的です。奇妙なロマンチズムを感じさせるメロディーと歌詞も素晴らしい。高橋幸宏っぽいかも、と思ったりもします。シングル『花咲く乙女よ穴を掘れ』のB面に収録されました。

 

09. 温和な労働者と便利な発電所

もしかすると、本作をお蔵入りたらしめた(かもしれない)アルバム屈指の問題作。どことなく、同年に制作された細野晴臣フィルハーモニー』を彷彿とさせる雰囲気ですが、現代音楽テイストが濃厚だった『フィル〜』に対して、それでも(一応)ポップチューンとして成立させてしまっているのが、こちらのスゴいところ。

 

10. スカーレットの誓い

ライブでも定番となっているバンド屈指の人気曲。あるいは『青空百景』に入っていても違和感のない、キャッチーでアップテンポな名曲ですが、このレコーディング版では割と大人しい印象。この曲はやはり、ライブでのテンションの高い演奏の方が似合っている気がします。歌詞に再び「薔薇がなくちゃ〜」が登場します。

 

 

デジタルシーケンサー黎明期を代表する名盤

前作におけるオルタナティヴ路線を、コンピューターの導入によってさらに突き詰めた本作。デジタルシーケンサー黎明期ならではの「機械と人力」の融合が生んだ音世界は唯一無二であり、今もなお新鮮な印象を受けます。これは勿論、時代性だけに依るものではなく、アレンジにおける過不足なき見事なバランス感覚、そしてバンドとしての懐の深さが生んだ「引き出しの多さ」の賜物であると言えるでしょう。個人的にも、本作は80年代作の中でもかなり好きなアルバムです。

一部のファンからは「最高傑作」とも称され、今もなお根強い人気を誇っている本作。しかし一時は発売中止に追いやられ「幻のアルバム」となってしまいました。次回ご紹介するのは、お蔵入りとなった本作の代替作として発表されたバンドの第7作。前衛を極めた本作からの振り戻しのごとく、ムーンライダーズ史上最もポップな作品が誕生しました。

 

 

2022年7月『マニア・マニエラ』再現ライブ開催決定!

と、こんな記事を書いていたら……なんと本作『マニア・マニエラ』の再現ライブの開催が発表されました!

www.billboard-live.com

再現ライブは2020年に無観客で開催された『カメラ=万年筆』ライブに続く第二弾。ちょうどこんな記事を書いていたところだったので驚きました。この流れだと、80年代作をすべて辿っていく流れなのでしょうか。記事タイトルに「再現ライブに向けて〜」とか、加えておこうかな。