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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #4『アマチュア・アカデミー』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

8thアルバム『アマチュア・アカデミー』(1984年8月21日発売)

前々作『マニア・マニエラ』の発売中止、そしてレコード会社からの「もっと大衆向けの作品を」という要望をもとにした『青空百景』の制作という一連の出来事を経て、バンド内では「大衆意識」の気運が高まっていました。単に「自分たちの作りたいもの」というだけではない「売れる音楽」の制作を志したムーンライダーズは、長らく続いていたセルフ・プロデュース体制から一旦脱却、2ndアルバム『イスタンブール・マンボ』以来となる外部プロデューサーとして、大貫妙子竹内まりやのプロデュースで知られる宮田茂樹を起用し、8thアルバムの制作に取り掛かりました。

しかし、バンドとしてのオリジナリティとサウンドへのこだわり、さらにセールス意識までもが拮抗したレコーディングは困難を極めました。メンバーとプロデューサーの間における軋轢、徹底的なサウンド・プロデュース作業などの影響で、総じて500時間にも及んだと言われる本作のレコーディングは「バスドラの音色を作るために一週間を費やした」とか「朝七時にトランペット奏者をブッキングした」といった数々の伝説的エピソードでも知られています。

そんな過酷な制作過程を経て、前作から約二年ぶりとなる新作として発表された本作。内容としては、同時期に出現した黎明期ヒップホップにも通じるブラック・ミュージックの感覚が非常に色濃く、ムーンライダーズ全作品の中でも肉体的でアグレッシヴなビートが印象的な作品となりました。また、ジャケット写真やライブの際のメンバーの衣装は黒いタンクトップで統一されており、こちらもまた、テーマとしての「肉体」を感じさせる演出となっています。

楽曲のタイトルはすべてアルファベットと数字だけで構成されており、歌詞カードでも改行等なしの文字でびっしりと埋めつくされたある種の「記号的」なデザインが施されています。このプロダクションは、鈴木慶一の「ムーンライダーズの音楽は暗号である」という発言、意図に準じたものと言えるでしょう。こうした「らしさ」を感じさせる独特な知性と、音楽面における肉体性が絶妙に融合した本作は、まさにムーンライダーズらしい捻くれっぷりが炸裂した80's邦楽ポップ屈指の名盤です。

 

 

01. Y.B.J. (Young Blood Jack)

イントロからアグレッシブなビートが聴く者の身体を揺さぶる、アルバムの開幕曲。ムーンライダーズの歌詞にたびたび登場する「ジャック」が主人公です。終末期を彷彿とさせる歌詞と疾走感あふれるメロディーが、サイバーパンク的なイメージを感じさせます。アレンジ面では凝ったボーカル効果が印象的です。

 

02. 30 (30 Age)

ムーンライダーズ流、ジャンルや曲構造などを超越した捻くれポップの真骨頂。メンバー最年少の博文さんが30代に突入したことを記念して書かれた曲らしく、歌詞では30歳の誕生日を迎える男の姿が描かれています。実際の曲のタイムラインに合わせて、日付が変わる瞬間までのカウントダウンが進んでいく仕掛けが面白いです。

 

03. G.o.a.P (急いでピクニックへ行こう)

岡田さんらしい穏やかで聴きやすいメロディーですが、歌詞の内容はなかなか強烈。19歳差のカップルのストーリーが、どこか退廃的な詩情とともに描かれています。特にサビの「森でワイン 堕落したいや 海でワイン 自滅したいや」というフレーズは印象的で、一度聴いたら忘れられません。

 

04. B TO F (森へ帰ろう〜絶頂のコツ)

副題から推測するに、タイトルはおそらく「Back to the Forest」の略。博文さん作曲の、こちらもまた穏やかなメロディーが印象的、かつどうやらまたもや肉欲にまつわる歌詞。サビに並ぶ横文字のハマりっぷりが気持ち良く、そして最後には「ピーク・エクスペリエンス」と思いっきり言っています。

 

05. S・E・X (個人調査)

二曲続いた官能ソングの流れはまだ途切れず、まさかの第三発はタイトルからしてど直球。かしぶちさんの十八番とも言える耽美的な音世界で、アルバムの中でも一際浮いている一曲。でも個人的には、本作の中でも特に好きな曲です。歌詞も秀逸。

どうしてそんなに化粧を濃くしているの 僕の愛情が染みていかない

 

06. M.I.J

アルバムに先駆け、本作から唯一のシングルとして発売されました。黎明期ヒップホップにかなり接近した、バンドとしては異色のラップ曲。その上、収録曲の中でもポップ要素はかなり薄めで、正直どうしてコレがシングルカットされたのか不思議ではあります……。ゲスト・コーラスで野宮真貴が参加しています。

 

07. NO.OH

白井さんテイスト全開のアッパーでキャッチーな王道ロックチューン。さすがの突き抜けっぷりが痛快で、それでも全体的な構造にバンドらしい捻りがしっかり効いています。アルバムの中でも強烈な存在感を放つ一曲で、白井さんの存在の大きさが改めて感じられます。仮タイトルは『アジアの鬱病』だったそうです。

 

08. D/P (ダム/パール)

本作において特異な存在感を放っているかしぶちさん楽曲。爽やかで切ないメロディーが美しい名曲です。歌詞において「ダム」と「パール」がそれぞれ象徴するのは男と女。ダムを作る肉体労働者の男性と、パールで着飾る富裕層の女性。二人のロマンスの終わりが「また旅に戻る」というフレーズで表現されています。

 

09. BLDG (ジャックはビルを見つめて)

歌詞にジャックがふたたび登場。サンプリングによるリズムトラックと分厚いコーラスワークで構成された大胆なアレンジが、奇妙でユニークな印象を感じさせます。アルバムの発売に先駆けて収録曲すべてを演奏した渋谷公会堂ライブでは、一曲目『Y.B.J.』に続く二曲目として演奏されていました。

 

10. B.B.L.B. (ベイビー・ボーイ、レディ・ボーイ)

タイトルの通り、幼児退行や女装趣味をテーマとした一曲。それらの願望はすべて「ハピネスは辞書にも載ってるとおりで 幸せなんて人それぞれ」というフレーズで昇華されます。楽曲としては、前作から引き継いだ「複数のメロディーを繋げて目まぐるしく展開する」組曲的ポップのひとつの到達点と言えるでしょう。

 

 

バンドの充実ぶりを証明した80年代屈指の名盤

ヒップホップの誕生という世界的なトレンドにも呼応しながら、バンドとしての絶対的なオリジナリティを確立した本作。誰もが認める「絶頂期」に突入したムーンライダーズは、この後も邦楽屈指の「ひねくれポップ」バンドならではの名曲を、次々と世に送り出していきます。

革新性、聴きやすさ、完成度、楽曲の幅広さ……あらゆる面において充実の内容となった本作は、ファンの間でも最高傑作の呼び声が高く、また80年代邦楽における屈指の名盤と言えるでしょう。しかし、外部プロデューサーを迎えたレコーディングにバンドは疲弊、次作ではその反動から、内省的な作風へとシフトすることになります。