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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #1『カメラ=万年筆』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

5thアルバム『カメラ=万年筆』(1980年8月25日 発売)

ムーンライダーズ五枚目のアルバム『カメラ=万年筆』は、前作『MODERN MUSIC』からちょうど十ヶ月後にあたる1980年8月25日に発売されました。バンドとしては、クラウンレコード在籍期における最後の作品にあたり、この後バンドはジャパン・レコード(現:徳間ジャパン)へと移籍することになります。

アルバム全体で「架空の映画サウンドトラック」というコンセプトが掲げられており、全曲が題名を映画作品のタイトルから引用しており、その内容も各映画からインスパイアされたものとなっています。また『第三の男』をはじめ、全15曲中3曲は実際に映画で用いられていたテーマ曲のカバーであり、滅多にカバーをやらないムーンライダーズのスタンスも踏まえて、本作はバンド史上もっともコンセプチュアルなアルバムであると言えるでしょう。

アルバムタイトルは、フランスの映画批評家であるアレクサンドル・アストリュックが提唱した同名の映画理論に由来しています。映画表現の行先について「書き言葉と同じくらい柔軟で繊細なものになるだろう」という見解を示した本理論は多くの映画人に影響を与え、のちのヌーヴェルヴァーグ作家主義)の勃発にも繋がっていきました。

音楽性としては、前作にも見られたニューウェーブのテイストをさらに押し進め、より前衛的で過激さに磨きのかかった内容となっています。時代の最先端に呼応したサウンド、コンセプトアルバムとしての実験性も踏まえながら、それでいてポップな聴きやすさはなお健在、いわば前期ムーンライダーズの集大成とも言える傑作です。

 

01. 彼女について知っている二、三の事柄

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アルバム唯一のシングル曲であり、ライブでも今なお定番となっているバンド屈指の人気曲。非常に軽快でポップながらも、どこか重厚で不穏な雰囲気が漂うロックチューンです。元ネタとなった映画は、ジャン=リュック・ゴダール監督による1966年の同名作品。

 

02. 第三の男

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作曲家アントン・カラスが手がけた、言わずと知れた同名映画のテーマ曲をバックに、トランペットの音や水の跳ねる音、加工されたボーカルなどが飛び交うサウンド・コラージュ作品。既存楽曲の解体・再構築という、非常にニューウェーブらしい試みと言えるでしょう。

 

03. 無防備都市

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イントロからしニューウェーブ全開の荒っぽいサウンドがカッコいいです。ほぼ全編、二つのパターンのみで構成された非常にシンプルな作りながらも、見事にポップで聴く者を飽きさせない佳曲。元ネタは1945年公開の同名作品。

 

04. アルファビル

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いきなり暴れまくるボーカルがまたもや強烈にニューウェーブを感じさせる一曲。やはり極端にシンプルな構成ながらも、ストレートなパンクっぽさがこれまたカッコいい。元ネタは1965年公開、ジャン=リュック・ゴダール監督による唯一のSF作。

 

05. 24時間の情事

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シンプルながらも複雑なリズム感が印象的な一曲。そして後半、突如として現れる掃除機の音によって楽曲は強制終了、そのまま謎めいたサウンド・コラージュへと突入し、幕を下ろします。元ネタはアラン・レネ監督による1959年の作品。

 

06. インテリア

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硬派なサウンドはそのままながら、アルバム随一の明るい雰囲気が印象的な一曲。個人的には初期のエルヴィス・コステロを思い出したりして好きな曲です。元ネタはウディ・アレン監督による1978年(本作発売の二年前)の同名作品。

 

07. 沈黙

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異様なリズムサウンドが独特な質感を醸しながら、それでいて隙のないアレンジが非常にカッコいい。キャッチーなメロディーも印象的、アウトロのくどいボーカルも好きです。元ネタはイングマール・ベルイマン監督による1963年の同名作。

 

08. 幕間

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前曲の歌詞を受けた「電話」の効果音が挿入された後、そのままメドレー形式で本曲へと繋がります。作詞・作曲を手掛けたのは音楽家/写真家として知られる佐藤奈々子。元ネタはルネ・クレール監督が1924年に手掛けた同名の短編作品。

 

09. 太陽の下の18才

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同名映画の挿入歌としてエンニオ・モリコーネが手掛けた大ヒット曲を、ニューウェーブとして大胆に解釈したカバー。ディーボの『サティスファクション』などを彷彿とさせる、まさしく「解体・再構築」の概念にふさわしい趣向と言えます。

 

10. 水の中のナイフ

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先述の『彼女について〜』に並びアルバムを代表する一曲で、ベスト盤などにも度々選曲されています。キャッチーなメロディーが印象的で、ファン人気の高さも頷ける名曲。元ネタは1962年公開、かのロマン・ポランスキー監督のデビュー作です。

 

11. ロリータ・ヤ・ヤ

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ベンチャーズが手がけたスタンリー・キューブリック監督による1962年作『ロリータ』のテーマ曲を、ニューウェーブ的解釈で再構築。無機質なサウンドと、咳の音などの断片的なサウンドを繋ぎ合わせたサウンドコラージュの趣向が印象的です。

 

12. 狂ったバカンス

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あっさりとした一曲ながらも、控えめなボーカルによるシリアスな雰囲気は、アルバム全体の中でも際立っています。元ネタは1962年公開の同名ヒット作。ちなみに主演を務めたのは『太陽の下の18才』のカトリーヌ・スパークでした。

 

13. 欲望

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いきなり機械の環境音から始まり、ボーカルの加工や空間的な音響効果など、全編にわたって凝ったサウンドが印象的な一曲。歌詞には「カメラ」と「万年筆」が登場します。元ネタは、とある殺人事件に巻き込まれた写真家の顛末を描いた同名映画。

 

14. 大人は判ってくれない

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個人的に本作の中で一番好きな、メロディアスでカッコいい渋めのロックチューンです。実質的にはアルバムを締めくくる一曲と言えるかもしれません。元ネタは1959年に公開された、かのフランソワ・トリュフォー監督の長編デビュー作。

 

15. 大都会交響楽

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スティーブ・ライヒなどのミニマル・ミュージックを彷彿とさせるリフレインの反復、アルバム全体の「アウトロ」とも言えるこの曲をもって、本作は幕を下ろします。元ネタは1927年公開、ヴァルター・ルットマン監督による同名の記録映画。

 

 

70年代までの集大成、そして80年代への布石

本作は、前期ムーンライダーズの素朴な聴きやすさとニューウェーブの色濃い影響が融合した傑作であると言えるでしょう。そして本作以降、初期作に見られた「歌謡曲っぽさ」がみるみる喪失していき、バンドは徹底的な洋楽志向、そして唯一無二の「ムーンライダーズ・テイスト」へと進化を遂げていきます。言うなれば、70年代の作風を締めくくる集大成、そして80年代以降の活動に向けた布石にあたる内容であると思います。

この後バンドは、当時の最新技術であったデジタルシーケンサー等のコンピューター機材を次々と導入。この技術的革新が、本作で開花したアヴァンギャルド路線に拍車をかけ、それまでの「いわゆる」ニューウェーブ的なサウンドからも脱却、よりマニアックでオリジナリティ漲る作風へとシフトしていき、バンドは揺らぎないアイデンティティを確立します。

 

邦楽らしさからの脱却、そして欧米への追随にとどまることもなく、さらにはバンドという形態からも脱却を図ったムーンライダーズは、次作においてディスコグラフィ屈指の「問題作」を放つことになります。そこで遂に、ムーンライダーズにしか成し得ない唯一無二のアヴァンギャルドを実現、怒涛の「黄金期」が幕を開けます。