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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #5『アニマル・インデックス』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

9thアルバム『アニマル・インデックス』(1985年10月21日発売)

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久しぶりに外部プロデューサーを起用し、セールスを強く意識して制作された前作『アマチュア・アカデミー』。しかし、ポピュラリティとオリジナリティのジレンマに陥ったレコーディング作業は難航を極め、総じて500時間にも及びました。

衝突だらけの制作体制に疲弊したバンドは、本作で再びセルフ・プロデュース体制へと回帰、さらに「六人それぞれが二曲ずつ作曲、各自でレコーディングを行い、最後にアルバムとしてまとめる」という、まるでシンガーソングライターのような完全分担制を敢行することになりました。

ほとんどメンバーそれぞれの個人作業のみで構築された本作。デジタルシーケンサーMC-4が初めて導入された『マニア・マニエラ』以降、コンピューターとの共同作業の中で試みられてきた「バンド」という形態そのものの解体、本作はその一つの到達点とも言うべき、ムーンライダーズ史上最もパーソナルで内省的な作品となりました。

それでいて散漫な仕上がりに陥ることなく、見事に「ムーンライダーズ」のアルバムとして成立しているのは、やはりバンドとしての揺らぎない個性が確立された証拠。まさしく絶頂期と呼ぶに相応しい圧倒的な創作力にあふれた、80年代ムーンライダーズを代表する名盤です。

 

 

01. 悲しい気持ち

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作詞・作曲は鈴木慶一組曲のようなメロディー展開が「らしさ」全開、その一方で慶一さんの歌詞には珍しい、不良じみた言い回しが印象に残ります。歌詞の内容は同年七月、海水浴中に亡くなったたこ八郎氏に捧げられたもの。また慶一さんによると、斉藤由貴さんのアルバム『AXIA』へのアンサーソングでもあるとのこと。

 

02. 犬にインタビュー

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作詞に盟友、サエキけんぞうが参加。緊張感みなぎるイントロがカッコいいです。歌詞はマスコミ、週刊誌の記者を揶揄したもの。掻き鳴らされるギターで、さすが白井さんの存在感が抜群の一曲。本作の発売後に敢行された10周年記念ツアーでは、アコースティックギターを中心としたアレンジで演奏されました。

 

03. ウルフはウルフ

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作詞・作曲は鈴木博文。切ないメロディーとユニークすぎる歌詞が印象に残る一曲です。どことなく漂う歌謡曲のような聴きやすさは、変化球だらけの本作の中では異色のテイストとなっており、特異な存在感を放っています。博文さんのライブ音源ベスト盤『THE DOG DAYS』にも収録されています。

 

04. 羊のトライアングル

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バンド随一のポップ担当・岡田徹によるキャッチーなメロディーに、サエキけんぞうが歌詞を提供。タイトルにもある通り、本作のテーマのひとつは「動物」で、ここまでの全曲で何らかの動物がモチーフになっています(一曲目『悲しい知らせ』は、タコだそうです)が、ここから先はあんまり関係ありません。

 

05. さなぎ

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前作同様、やっぱり独特すぎる存在感を隠しきれない、かしぶち楽曲。アレンジは相変わらずユニークですが、歌詞を含めて楽曲としては歌謡曲的なテイストが強めです。メンバー各自に作業を任せながら、リーダーとして全ての作業に立ち会っていた慶一さんは、特にこの曲のアレンジには口を出したくて仕方なかったそうです……笑。

 

06. Acid Moonlight

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一聴して作曲者が分かる、というのは、こういうパターンもあるのです。かぐや姫神田川』のイントロを手がけたことでも知られる、武川さんによるバイオリンの切ない音色が、アルバムのA面(アナログ盤に限る)を静謐に締めくくります。このように本作は、A面とB面の両方が六人全員の作曲によって構成されています。

 

07. HEAVY FLIGHT

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B面の幕開けを飾る、本作では三曲目となるサエキけんぞう作詞曲。その内容は、同年八月に航空事故により亡くなった坂本九への哀悼が込められたもの。一筋縄ではいかないリズムトラック、やはり存在感のある白井さんのギター、そしてバンドとしては珍しい雰囲気のコーラスワークが印象的です。

 

08. 夢が見れる機械が欲しい

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現在でもライブでたびたび演奏されるバンドの代表曲のひとつ。本作の制作中、鬱に陥ってしまった慶一さんの苦悩がそのままぶつけられた歌詞が強烈です。翌年に発表されたバンド初の映像作品『DREAM MATERIALIZER』のタイトルの元ネタにもなりました。後年のライブではボサノヴァ調のアレンジで演奏されています。

 

09. Frou Frou

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こちらもライブでは定番となっている、バンド屈指の人気曲。キャッチーなメロディー、そして慶一さんをして「こんなにアグレッシブなリズムの曲は今までなかった」と言わしめた縦ノリっぷりからして、やはり録音よりもライブで映える一曲。抽象的でありながらも官能的な歌詞も、かしぶちさんらしさ全開です。

 

10. 駅は今、朝の中

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鈴木博文作詞・作曲による、本作でも随一の人気を誇る名曲。変則的な構成でありながら、別れゆく男女の喪失感、そして朝のプラットホームの寒々とした光景が、ありありと浮かんでくる一曲です。サンプリングが効果的な間奏部分も好きです。

僕は卑怯で 臆病者で 君の中には いられない

 

11. 僕は走って灰になる

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怪作揃いの本作の中でも、ひときわ異彩を放つ野心作。聴く者を焦らしまくる長い長いイントロから、いきなり怒涛の勢いで押し寄せる歌詞、やっと始まったかと思いきや、あっという間に終わってしまうという『インフェルノ*1』ばりの変態構成です。

君は駆けても豚だけど 僕は走って灰になる

 

12. 歩いて、車で、スプートニク

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鈴木慶一本人も「イチオシ」と語る、アルバムを締めくくる屈指の名曲。どこか不安定なメロディーも、意味深で難解な歌詞も、一度聴いたら忘れられないこと請け合いです。印象的なタイトルも含め、お馴染みの「肉体と機械」がテーマの一曲。

記憶のすべて置いて行けるか 来るべき怪物 記録のすべて白紙にするか 去りゆく知性

 

 

80年代ロックにおける「パーソナル」の台頭

完全分担制でレコーディングされた本作。その中で、アルバム全体のイメージを把握しておくために唯一、すべての作業に立ち会った(でも口は出さない)鈴木慶一は、本作のレコーディング作業中に「スタジオにいるのに何も出来ない」というジレンマに苦しみ、神経症を患ってしまいます。その影響は、本作の内容にも(主に歌詞の面で)色濃く顕れており、例えばニュー・オーダーなどにも通じるような80年代らしい内省的なテイストを本作にもたらした、重要なファクターのひとつとなりました。

コンピューターの台頭と、ロック文化の細分化と成熟、その狭間で生み出された80年代のロック・ミュージック。本作は、その制作スタイルにおいても、またその内容においても、80年代ロックならではの「パーソナル」を体現した作品と言えます。

本作における個人主義的な趣向は、形を変えて次作にも引き継がれることになります。次回はいよいよ、80年代のムーンライダーズを締めくくる集大成的作品にして、自他認める「バンド最高傑作」の登場です。

*1:ダリオ・アルジェント監督による1980年公開のホラー映画。