シネクドキ・ポスターの回路

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小沢健二さんのリリース発表に(毎度ながら)驚かされた日。Part.1

2021年11月19日。

私は、Twitterのタイムラインに流れてきた音楽ニュースサイト「amass」さんのツイートでそれを知りました。

ざーっとタイムラインを流していた時に「ん?」と、どこかで見覚えのあるジャケット写真を見た気がして、スクロールを戻していったところで、今回のリリース告知を発見しました。

はじめて知った時の印象としては、嬉しいというよりも驚きとか戸惑いの方が強かった気がします。これは(ファンの方なら分かると思いますが)今まで小沢さんが過去作品のリマスター盤とかデラックス・エディションといった類のもの発売したことがなく、また出すような素振りを見せたこともなかったからです。

大ヒットしたアルバム『LIFE』も、いまだにリマスター音源は出ていません。配信されているのも、当時のCD音源と同じものです。個人的に、小沢さんのこういうところには、濃厚な「プリンスっぽさ」を感じます。プリンスも結局、生前一度もリマスター盤の類を発売しませんでした。過去の作品は聴かないともおっしゃっていましたね。

なので「小沢健二AMA」で(はじめて?)プリンスに言及されていたのはとても印象に残っています。

 

そういえば、元オインゴ・ボインゴダニー・エルフマン(今や世界有数の映画音楽家)はインタビューで「リマスター盤を出す予定はない、マスタリングはすでに十分だと思う」と語っていました。

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そういうパターンもあるんだな。確かに「昔のCDで音圧が弱いやつでも、音量を上げれば十分に聴ける」という話は聞きますね。逆に、音圧ばっかり上がってて別の音になってしまっている、という批判を耳にすることも少なくありません。そもそも「聴こえやすくなる」ことが是か非か、という話だってあります。ビートルズのCDでモノラル/ステレオ派が分かれたりするのも、似たような感じでしょうか。

 

…話が逸れました。

とにかく、小沢さんもこのダニー・エルフマン的な考えなのだろうと思っていたので『LIFE』などの過去作が配信解禁になった時、リマスターが施されなかったことも「まーそうだよな」と流していましたし、今後もしばらくはリマスターとか出ないだろうと思っていました。そんな矢先、だったので、今回の再発には驚かされました。

 

とはいえ。そういえば、これと同じような驚きを感じたことが一度、ついこの間ありました。今年4月に発表された小沢さんの新曲『エル・フエゴ(ザ・炎)』が、キャリア初のハイレゾ音源で発売された時です。思い出せばこの時も、これはまたマスタリングとは別の話ではありますが、販売するデータとしての音質に対する(例えばピーター・ガブリエルのような)拘りはあまり感じていなかったので「小沢さんハイレゾ出すんだ」と、少し意外だった記憶があります。

ハイレゾも、リマスタリングと並んでたびたび音楽ファンの議論の的になるトピックです。私は、Apple Musicでハイレゾの提供が始まった時に買ったハイレゾ対応イヤホンで(ヘッドホンは高かった。予想以上に)それをMacBookに繋げて、ハイレゾの『エル・フエゴ』を聴きました。感想としては「この違いが分かる人って、相当すごいんじゃないか」というのが、正直な印象です…。

でも、はじめてApple Musicで聴いたハイレゾ音源、ピーター・ガブリエル『So』は、めちゃくちゃ音が良い!と感じたのですが、あれはやっぱり「はじめて」で舞い上がっていただけだった、ということでしょうか。そんなわけで今の私は、ハイレゾとは(音の良さ2:気持ちの問題8)と思っています。優越感があることは確実です。

 

再び『犬』再発の話。このニュースで思い出しましたが、そういえばこのアルバムは未だサブスクなどで配信されていないのです。ファンとしては『犬』といえば、13分を超える大人気曲天使たちのシーンが収録されているアルバムですが、今回の再発でこの曲もようやく(配信されれば、だけど)Apple Musicとかで聴けるようになる、というわけです。個人的には一時期、朝の電車でこの曲ばっかり聴いていた頃がありました。真っ直ぐな想いと豊かな情感を感じさせる歌詞を淡々と歌い上げる爽やかさが、とても心地よい曲です。

しかも今回の再発には『天使たちのシーン』の未発表ライブ音源も収録されるとのこと。このライブ(LIVE"VILLAGE")は昔、VHSとして発売されたもので、音源自体は私も聴いたことがあります。CD音源からさらに伸びて20分くらいあったはず。この一曲が「ボーナストラック」として別ディスク収録で付属するようです。だから2枚組。この配慮。

ありますよね、しっとりアルバムを締めくくるラスト曲を、いきなり乱暴にかき消す「シングル・バージョン」みたいな。最初のギターが「ジャーンジャジャ」と鳴りはじめたあたりで慌てて停止ボタンを押すけど、もはや余韻は残っていないという。あの切なさ。

とはいえ、気持ちはありがたいのです。確かにシングル・バージョンの音源も欲しい。でも余韻は壊さないで欲しい。じゃあどうする。

「もう一枚ディスク作ればいいじゃん」

この豪快さ。いや、そうだけどさ…と、こっちが戸惑ってしまうくらいの。小沢さんらしい、痛快なまでの大胆さ。

そして、その大胆さの影響がどこに来るかというと、値段

リマスターされた本編CDに、ライブ音源を収録したボーナスディスク、そして、復活以来の恒例となっている「本人デザインによる特殊パッケージ」があしらわれ(ファンなら分かると思うけど、見るからに金がかかっていそうなデザイン。平たく言うと、とにかく尋常ではないもの)パッケージとしての価格は税込6,050円。この、思いっきり強気の価格設定で、豪快に作品を充実させる感じはもう、2012年(作品集『我ら、時』税込15,750円)以降の「小沢さんらしさ」としか言いようがありません。

日本の音楽業界を見ていて、いや音楽業界に限らずあらゆる社会の中で、ここまでの大胆さに触れることがどのくらいあるでしょう。例えばこの場合、普通だったらどうするだろう。アルバムの再発に伴って、本編とボーナストラックを分離させるために「ボーナスディスク」を作ることになった場合。そうなったら多分、シングルのB面曲とか、未発表ライブテイクとか、デモバージョンとかが入って…。

と、考えたところで、気がつきました。

 

2枚組にするなら、もうちょっと曲あってもよくない?

そうだ、世の中に「ボーナスディスク」は結構あるんだ。ただ今回の場合は、ボーナストラックが「1曲だけ」で、それでいて2枚組と来たものだから「たった1曲のためにディスク1枚増やしちゃうなんて」と感じたわけだが、結果から考えてみると「えっ、2枚組なのにボーナストラック1曲だけなの」という印象の方が、たぶん一般的な感覚に近い。

こうなると「大胆さ」とは何か、分からなくなってくる。なんだか「ボーナスディスクつけたのにボーナストラックは1曲だけだぜ、ワイルドだろ?」的な感じにも思える。

 

しかし。

そこで思うのは「B面、ライブ、デモ」あたりを詰め込み「レア音源集」みたいな感じで編集されたボーナスディスクというのは、マテリアルとしての価値はあるかもしれないけれど、ひとつの「作品」として聴くのは、なかなか難しいのではないかということです。だとすると、あの20分超えの『天使たちのシーン』と並べて、鑑賞に耐えうる「作品」を成り立たせられる音源って、あるだろうか。いや、なかなか無いんじゃないだろうか、と思います。

 

あの「2枚組」というのは、そういうことなのだと思います。あのライブ音源を収録し、かつきちんと「作品」として聴いてもらうための方法。そう考えると腑に落ちます。

いや、とはいえ。

腑に落ちた、というのは、この再発盤が「2枚組である」ということに対してであって…この値段に対して、ではありません。ごめんなさい。

どうしよう。やっぱり高いよ、これ。年末の入り用に厳しいところ。

とはいえ、小沢さんのリマスター盤ってどんな感じなのか、それはとても気になる。

ちなみに、プリンスの『パープル・レイン』のリマスター盤(本人監修、没後に発売)はすごく良かった。

 

…◯タヤで借りるか。