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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #6『DON'T TRUST OVER THIRTY』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

10thアルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』(1986年11月21日発売)

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1986年は、ムーンライダーズにとってデビュー10周年のアニバーサリー・イヤーでした。この記念すべき年、バンドはかつてない精力的な活動を敢行します。

2月、6th『マニア・マニエラ』が初のLP化で再発売。続いて3月には『ANIMAL INDEX』発売後のライブの模様などを収録した初のビデオ作品『DREAM MATERIALIZER』を発売しました。そして6月21日、意外にもバンド初となる(80年代名物)12インチ・シングル『夏の日のオーガズム』を発売します。7th『青空百景』から続く「ひねくれポップ」の集大成とも言える力作で、今なお根強い人気を誇る名曲です。

その発売に前後する形で、6月は10周年ツアーライブを実施。前身バンド「はちみつぱい」時代の楽曲から最新作『ANIMAL INDEX』まで、全31曲にわたって演奏されたライブは最長で3時間50分にも及び、あまりの過酷さにメンバーのうち4人は病気や怪我に倒れたとのこと。その後、このライブの音源も含んだ二枚組のライブベスト盤『THE WORST OF MOONRIDERS』を9月に発売。ライブバンドとしての活躍ぶりを余すところなく網羅した、10周年にふさわしいコンピレーションとなりました。

そして11月。前作からちょうど13ヶ月ぶりのタイミングで、新作アルバムとなる本作が発売されました。シングル『夏の日のオーガズム』制作時のデモテープを聴き「各自がシンガーソングライターをしている」ことを時代遅れと感じた慶一さんの意向で、本作の制作ではメンバー各々に「得意技禁止令」が課せられました。こうして6人それぞれ一曲ずつ+バンドで手がけた三曲で構成された本作は、件の条件から生まれた強烈な「変化球」も含みながらも、やはり圧倒的なバンドのクリエイティビティがこれでもかと炸裂、まさに80年代そして10年間の集大成となる「最高傑作」となりました。

こうして、どこか終局的な雰囲気さえ感じさせる、質/量ともに過剰とも言える活動ぶりの中で発表された本作。この後、豪華なゲスト・アーティストを迎えた12人編成「スーパームーンライダーズ」で開催されたライブを最後に、案の定というかバンドは活動休止を発表。見事な「有終の美」を飾り、激動の80年代はついに幕を下ろしました。

 

01. CLINIKA

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かしぶちさん作曲。本来であればボーカル入りで収録される予定でしたが、かしぶちさんの体調不良のためレコーディングが間に合わず、インストゥルメンタルでの収録となりました。改めてボーカルを収録したバージョンは、ベスト盤『かしぶち哲郎 SONG BOOK』に収録されています。

 

02. 9月の海はクラゲの海

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バンドの代表曲であり、邦ポップ史に残る屈指の名曲です。作曲は岡田徹、センチメンタルな歌詞を手がけたのは盟友サエキけんぞう。ドラマティックなメロディーですが、実は1オクターブで構成されています。印象的な「ドッドー」という低音は、グランドピアノのペダルを踏む音をサンプリングしたもの。

 

03. 超C調

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珠玉のポップチューンに続いて放たれる本作随一の怪作は、意外にも白井さん作曲。これぞまさに「得意技禁止令」の下でなければ生まれなかった曲ではないでしょうか。ボーカルは過去作からのサンプリングで構成されており、メンバー全員がボーカルを務めて(?)います。歌詞のモチーフはRPGです。

 

04. だるい人

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作詞を務めたのは鬼才・蛭子能収。ひたすらに無気力な40代男性の情景が、これでもかと情けなく、それでいて切実に描かれています。どこか脳天気なメロディーが痛切な歌詞と相まって、えもいわれぬ狂気さえ感じさせる名曲。

金さえあればの40代 ああ 金が欲しい 自由が欲しい 何もしたくない

 

05. マニアの受難

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作詞・作曲は鈴木慶一。先述の10周年記念ツアーにおけるMCで言及していた「現代はマニア受難の時代」という慶一さんなりの時代批評が反映された一曲。歪みまくりの不気味なボーカルが、壮絶な強迫観念を感じさせます。特に、後半の畳み掛けは圧巻。コーラスに武川さんの息子さんが参加されています。

 

06. DON'T TRUST ANYONE OVER 30

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メンバー全員が30代になったことに因んで引用されたこのタイトルは、もともと60年代におけるカウンター・カルチャーの中でスローガンとして用いられたフレーズでした。ライブでの定番曲となっており、日比谷野音での30周年記念ライブでは、ゲスト全員を迎えてオーラスを飾りました。

 

07. ボクハナク

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鈴木博文による、アルバムのハイライトとも言える屈指の名曲。コーラスとしてカーネーション直枝政広が参加しています。ムーンライダーズらしい凝った構成ながら、切ない歌詞と美しいメロディーが胸に響きます。後年、及川光博によってカバーされたことでも知られています。

 

08. A FROZEN GIRL, A BOY IN LOVE

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さらにバラードの名曲が続きます。作曲は武川雅寛、作詞はミュージシャンの滋田みかよ。シンプルながらもドラマティックなメロディーが素晴らしいです。課された「バイオリン禁止令」に則ったアレンジでしたが、2018年のソロ『A JOURNEY OF 28 DAYS』のバージョンでは、美しいバイオリンの音色が楽しめます。

 

09. 何だ? この、ユーウツは‼︎

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80年代のムーンライダーズを締めくくるに相応しい、溢れんばかりの狂気を感じさせる壮絶な名曲。当時、神経症を患っていた慶一さんの精神状態が色濃く反映されており、あまりに強烈なため慶一さんは「もう演奏できない」と語っています。歌詞に登場するのはピーター・ゲイブリエルケイト・ブッシュ、T・S・ガープ。

 

 

80年代の「ムーンライダーズ」を象徴する最高傑作

コンピューターの台頭によって「機械と人力」そして「個人と組織」の関係性が大きく変化した80年代のミュージック・シーン。その第一線で、革新的かつポップな名曲を次々と生み出した日本有数のオルタナティヴ・ロックバンド、ムーンライダーズ。本作こそまさに、バンドとしてのキャリアにおけるひとつの頂点であり、10年間の集大成といえる作品でしょう。そして『9月の海はクラゲの海』や『DON’T TRUST ANYONE OVER THIRTY』など、収録曲の多くが後世のミュージシャンによってカバーされていることは、このアルバムが後の世代に与えた多大なる影響を示す、ひとつの証拠であると言えます。

本作発表後のライブをもって、ムーンライダーズは活動を休止。メンバーはそれぞれのソロ活動に専念していくことになります。80年代ならではの「ひねくれポップ」を確立した日本随一のバンド・ムーンライダーズの強烈なクリエイティビティは、今もなお多くの音楽ファンに驚きと感動を与え続けているのです。