シネクドキ・ポスターの回路

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新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ <番外編>

オリジナルアルバムに収録されなかった名曲の数々

11年ぶりの新アルバム『It's the moooonriders』の発表を(勝手に)記念して、バンドの黄金期と考える80年代に発表されたアルバム全六枚を、二ヶ月にわたり紹介させていただきました。ニューウェーブへの傾倒〜コンピューターの導入〜旧来のバンド形態の解体という、その革新性に満ちた足取りを改めて辿ることができました。

さて、80年代のムーンライダーズが発表したアルバムは『カメラ=万年筆』から『DON'T TRUST OVER THIRTY』までの六作品ですが、この他にもアルバム未収録のシングル曲やライブ音源など、数多くのリリースが存在しています。今回はそれらのレア(?)音源から、おすすめの名曲を紹介していく「番外編」です。

 

 

 

地下水道 (シングル『彼女について知っている二、三の事柄』収録)

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5th『カメラ=万年筆』からのシングルカット『彼女について知っている二、三の事柄』のB面に収録された一曲。A面『彼女について〜』の、いわゆるダブ・ミックスです。1980年当時、誕生して間もない「ダブ」をいち早く導入した、おそらく日本でも最初期のダブ・ミュージックと言えるでしょう。

 

エレファント (シングル『エレファント』収録)

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アルバム『カメラ=万年筆』に続いて、1981年に発表されたシングル。とりあえず、これをシングルとして発表した心意気がスゴいと思います。確かにポップではあるものの(実際、ソニーのCMソングとして採用されています)構成も音響もかなりマニアックな印象。その捻くれっぷりにハマると堪らなくカッコいい一曲。

 

ヴィデオ・ボーイ (Acoustic) (シングル『エレファント』収録)

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シングル『エレファント』のB面に収録された一曲。オリジナルは4th『MODERN MUSIC』に収録されたもので、シンセサイザーを中心としたアレンジだった原曲を、武川さんのバイオリンをフィーチャーしたアコースティック・アレンジでリメイク。オリジナルとはまた趣の異なる、味わいの深いアレンジです。

 

GYM (シングル『M.I.J』収録)

8th『アマチュア・アカデミー』からのシングルカット『M.I.J』のカップリング曲。雰囲気としては『30』などに近い、かなりポップで聴きやすい一曲です。スポーツジムに勧誘され、入会した男の受難を描いたユニークな歌詞が印象的。A面の『M.I.J』ともども、資生堂のCMソングに採用されました。

 

夏の日のオーガズム (シングル『夏の日のオーガズム』収録)

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10周年イヤーの1986年、バンド初の12インチシングルとして発表された一曲。なかなか口にしづらいタイトルながら、キャッチーなメロディーと80年代テイスト全開のクールなアレンジがカッコいい、ムーンライダーズ流ポップにおける屈指の名曲。個人的には、曲単位ならばこの曲こそバンドの最高傑作だと思います。

 

今すぐ君をぶっとばせ (シングル『夏の日のオーガズム』収録)

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圧倒的な名曲『夏の日のオーガズム』そのB面もまた、バンド屈指の人気を誇る名曲です。ウッドベース(?)の音色が印象的なアレンジもさることながら、振られた男の心情を綴った、ひたすらに情けない「負け惜しみ」の歌詞が素晴らしい一曲。

渋い私は 晩年にはもっと立派だ 今すぐ君は電話しなさい

 

夏の日のオーガズム (Live) (アルバム『THE WORST OF MOONRIDERS』収録)

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同じく1986年に発売されたライブベスト盤『THE WORST OF MOONRIDERS』に収録された『夏の日のオーガズム』のライブテイク。10周年ライブのアンコールで演奏されたもので、10年分の過去音源をメドレー風に編集したテープと人力演奏を融合した、17分におよぶ大作。まさに10周年の集大成と言える、圧巻の演奏です。

 

 

ぜひ今こそ!80年代のムーンライダーズ

以上「80年代のムーンライダーズ」その魅力を、全オリジナルアルバム(+α)を通してご紹介させていただきました。魅力のすべてをお伝えすることは出来なかったと思いますが(試聴も短すぎて正直イマイチかと思います苦笑)これがひとつのきっかけになって「ちょっと聴いてみようかな」と思っていただけたら嬉しいです。

次回はちょっと、この企画を通して思いついた題材があるので、それを書きたいと思います。ムーンライダーズ vs. 〇〇〇、というものです。お楽しみに笑。

新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #6『DON'T TRUST OVER THIRTY』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

10thアルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』(1986年11月21日発売)

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1986年は、ムーンライダーズにとってデビュー10周年のアニバーサリー・イヤーでした。この記念すべき年、バンドはかつてない精力的な活動を敢行します。

2月、6th『マニア・マニエラ』が初のLP化で再発売。続いて3月には『ANIMAL INDEX』発売後のライブの模様などを収録した初のビデオ作品『DREAM MATERIALIZER』を発売しました。そして6月21日、意外にもバンド初となる(80年代名物)12インチ・シングル『夏の日のオーガズム』を発売します。7th『青空百景』から続く「ひねくれポップ」の集大成とも言える力作で、今なお根強い人気を誇る名曲です。

その発売に前後する形で、6月は10周年ツアーライブを実施。前身バンド「はちみつぱい」時代の楽曲から最新作『ANIMAL INDEX』まで、全31曲にわたって演奏されたライブは最長で3時間50分にも及び、あまりの過酷さにメンバーのうち4人は病気や怪我に倒れたとのこと。その後、このライブの音源も含んだ二枚組のライブベスト盤『THE WORST OF MOONRIDERS』を9月に発売。ライブバンドとしての活躍ぶりを余すところなく網羅した、10周年にふさわしいコンピレーションとなりました。

そして11月。前作からちょうど13ヶ月ぶりのタイミングで、新作アルバムとなる本作が発売されました。シングル『夏の日のオーガズム』制作時のデモテープを聴き「各自がシンガーソングライターをしている」ことを時代遅れと感じた慶一さんの意向で、本作の制作ではメンバー各々に「得意技禁止令」が課せられました。こうして6人それぞれ一曲ずつ+バンドで手がけた三曲で構成された本作は、件の条件から生まれた強烈な「変化球」も含みながらも、やはり圧倒的なバンドのクリエイティビティがこれでもかと炸裂、まさに80年代そして10年間の集大成となる「最高傑作」となりました。

こうして、どこか終局的な雰囲気さえ感じさせる、質/量ともに過剰とも言える活動ぶりの中で発表された本作。この後、豪華なゲスト・アーティストを迎えた12人編成「スーパームーンライダーズ」で開催されたライブを最後に、案の定というかバンドは活動休止を発表。見事な「有終の美」を飾り、激動の80年代はついに幕を下ろしました。

 

01. CLINIKA

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かしぶちさん作曲。本来であればボーカル入りで収録される予定でしたが、かしぶちさんの体調不良のためレコーディングが間に合わず、インストゥルメンタルでの収録となりました。改めてボーカルを収録したバージョンは、ベスト盤『かしぶち哲郎 SONG BOOK』に収録されています。

 

02. 9月の海はクラゲの海

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バンドの代表曲であり、邦ポップ史に残る屈指の名曲です。作曲は岡田徹、センチメンタルな歌詞を手がけたのは盟友サエキけんぞう。ドラマティックなメロディーですが、実は1オクターブで構成されています。印象的な「ドッドー」という低音は、グランドピアノのペダルを踏む音をサンプリングしたもの。

 

03. 超C調

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珠玉のポップチューンに続いて放たれる本作随一の怪作は、意外にも白井さん作曲。これぞまさに「得意技禁止令」の下でなければ生まれなかった曲ではないでしょうか。ボーカルは過去作からのサンプリングで構成されており、メンバー全員がボーカルを務めて(?)います。歌詞のモチーフはRPGです。

 

04. だるい人

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作詞を務めたのは鬼才・蛭子能収。ひたすらに無気力な40代男性の情景が、これでもかと情けなく、それでいて切実に描かれています。どこか脳天気なメロディーが痛切な歌詞と相まって、えもいわれぬ狂気さえ感じさせる名曲。

金さえあればの40代 ああ 金が欲しい 自由が欲しい 何もしたくない

 

05. マニアの受難

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作詞・作曲は鈴木慶一。先述の10周年記念ツアーにおけるMCで言及していた「現代はマニア受難の時代」という慶一さんなりの時代批評が反映された一曲。歪みまくりの不気味なボーカルが、壮絶な強迫観念を感じさせます。特に、後半の畳み掛けは圧巻。コーラスに武川さんの息子さんが参加されています。

 

06. DON'T TRUST ANYONE OVER 30

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メンバー全員が30代になったことに因んで引用されたこのタイトルは、もともと60年代におけるカウンター・カルチャーの中でスローガンとして用いられたフレーズでした。ライブでの定番曲となっており、日比谷野音での30周年記念ライブでは、ゲスト全員を迎えてオーラスを飾りました。

 

07. ボクハナク

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鈴木博文による、アルバムのハイライトとも言える屈指の名曲。コーラスとしてカーネーション直枝政広が参加しています。ムーンライダーズらしい凝った構成ながら、切ない歌詞と美しいメロディーが胸に響きます。後年、及川光博によってカバーされたことでも知られています。

 

08. A FROZEN GIRL, A BOY IN LOVE

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さらにバラードの名曲が続きます。作曲は武川雅寛、作詞はミュージシャンの滋田みかよ。シンプルながらもドラマティックなメロディーが素晴らしいです。課された「バイオリン禁止令」に則ったアレンジでしたが、2018年のソロ『A JOURNEY OF 28 DAYS』のバージョンでは、美しいバイオリンの音色が楽しめます。

 

09. 何だ? この、ユーウツは‼︎

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80年代のムーンライダーズを締めくくるに相応しい、溢れんばかりの狂気を感じさせる壮絶な名曲。当時、神経症を患っていた慶一さんの精神状態が色濃く反映されており、あまりに強烈なため慶一さんは「もう演奏できない」と語っています。歌詞に登場するのはピーター・ゲイブリエルケイト・ブッシュ、T・S・ガープ。

 

 

80年代の「ムーンライダーズ」を象徴する最高傑作

コンピューターの台頭によって「機械と人力」そして「個人と組織」の関係性が大きく変化した80年代のミュージック・シーン。その第一線で、革新的かつポップな名曲を次々と生み出した日本有数のオルタナティヴ・ロックバンド、ムーンライダーズ。本作こそまさに、バンドとしてのキャリアにおけるひとつの頂点であり、10年間の集大成といえる作品でしょう。そして『9月の海はクラゲの海』や『DON’T TRUST ANYONE OVER THIRTY』など、収録曲の多くが後世のミュージシャンによってカバーされていることは、このアルバムが後の世代に与えた多大なる影響を示す、ひとつの証拠であると言えます。

本作発表後のライブをもって、ムーンライダーズは活動を休止。メンバーはそれぞれのソロ活動に専念していくことになります。80年代ならではの「ひねくれポップ」を確立した日本随一のバンド・ムーンライダーズの強烈なクリエイティビティは、今もなお多くの音楽ファンに驚きと感動を与え続けているのです。

小沢健二『So kakkoii 宇宙 Shows』@福岡サンパレス・感想

小沢健二のライブに行った、という話を書きたいのですが、どこから書き始めればいいのか分かりません。

 

私個人としては、小沢さんのライブに参加するのは二回目です。前回のツアー『春の空気に虹をかけ』の大阪城ホール以来、4年ぶり(!)のことでした。

 

2018年4月29日『春の空気に虹をかけ』大阪城ホール公演、入場時の様子。たぶん夕方5時過ぎくらい。

 

あの時はゲストとして満島ひかりさんが参加していて、全体的にやたら舞台めいた演出が多かった印象でした。いきなり「雨が降り出しました」とか言い出して、満島さんと相合傘で『いちょう並木のセレナーデ』を歌ったり。正直、あんまりピンとこなかった記憶があります……笑。

でも、思いがけず泣いてしまった『ある光』など、やっぱり演奏は素晴らしくて、ライブとしては十分に楽しむことができました。席は「2000円席」という格安の、いっちばん後ろの席だったので小沢さん&満島さんは米二粒でしたが、それでも楽しかったです。

 

その翌年の2019年、13年ぶりのオリジナルアルバムとなる6th『So kakkoii 宇宙』が発売されます。その帯には2020年初夏のツアー『So kakkoii 宇宙 Shows』の日程が記載され、ローソンでもツアーの宣伝チラシが配布されました。

 

配布されてたチラシ。最近、引き出しを探ってたら出てきた。几帳面にとっていたらしい。

 

ここで、ローチケのマイページで「申し込み履歴」を見てみます。今回のツアー、私は全部で三回、抽選にエントリーしているのです。

一回目は2019年11月。結果の欄は「申し込み取り消し」になっています。

二回目は2020年1月。結果の欄は「払い戻し済」になっています。

三回目は2022年3月。今回、私はこのチケットでライブに参加することができました。

 

一回目、おそらくこれは最速エントリーの回です。どうして申し込みを取り消したのか、今となってはまったく覚えていません。当たっちゃったらキャンセルできないし、とチキったのではないでしょうか。そんなに安いチケットでもないので……。

しかしやっぱり行きたかったようで、一般エントリー(たぶん)で再びトライ。今回のライブはSS席、S席、A席の三種類があって、この時はS席で申し込みました。が、発券してみたらまさかの三階席。さらにコロナによる一年の延期。日程が読めない、現金¥10,000の誘惑、そして「どうせ三階だし……」という理由から、あえなく払い戻し。

2021年も事態は収束せず、まさかの再延期を経て2022年。ついに開幕が見えてきた3月、最後の抽選で三度目のエントリー。前回受けたS席の洗礼を踏まえ、今度はA席で申し込みました。値段の差は1000円くらいでしたが「三階まで含まれちゃうなら、そんなに変わらないだろう」と踏みました。実際、たぶん大した違いはなかったと思います。

 

当日。

会場に着いたのは18時前くらい。開場の直前です。ロビーは15時から開いていて、展示や物販などが行われていました。

 

着いた時の様子。先行物販の列だったのだが、僕が着いた直後に普通の「入場列」に変更になった。

 

列を横目に「こんなに並んでるんだ……」と内心ビビりつつ、サンパレスの裏側へ。都市高速の高架をくぐると、博多埠頭に出ます。

私はこの場所が大好きで、以前天神に通っていた頃は毎週のように来て、海を眺めていろいろ考えたり、ぼーっとしたり、フラフラしたりしていました(こう書くとヤバい人みたいだ)。時期で言えば2019年頃、それこそ『So kakkoii 宇宙』がリリースされた頃です。私があのアルバムを一番聴いたのは、間違いなくこの場所。だから会場がサンパレスと聞いた時、ちょっと運命めいたものを感じました。まあ、その割には二回もキャンセルしたんですけど。

 

博多埠頭。サンパレスの、本当にすぐ真裏にこの港がある。何度も来てるが、あの「塔」は名前も知らない。

 

しばらくブラブラした後、おとなしく列に並びました。ホール入り口からスロープを降りて角を曲がったところまで並んでいて、ひっそりと若干の尿意を感じていたこともあり「何分かかるのコレ……」と不安でしたが、入場開始と同時に列はするする進み、10分もかからずにホールに入ることが出来ました。

 

ロビーには小沢さんらしい凝った展示、物販のサンプルが並んでいた。ちょうどいい混み具合。

来る前から、物販はスルーのつもりでした。円形のロビーは混みすぎるほどではなく、サンプルも展示も普通に見られましたが、物販レジの並びっぷりはさすがに凄くて、階段を上って二階まで続いていました。

とりあえず上の階に登って、人の少ないところへ。トイレを済ませ、ふとインスタグラムの物販情報を覗いてみると、売り切れが続出している模様でした。ライブ中のペンライト代わりのアイテムとして、小沢さんのライブではお馴染みの「電子回路*1」も完売していたみたいです。ちょっと予想以上でした。

 

ここでひとまず、席を確認。今回、発券した私の席は「三階の16列」という……思わず「三階に16列なんてあるのか⁉︎」と疑いたくなるような、一目瞭然で最後方周辺の位置でした。まあでも、例のS席よりも後ろなのだから当然です。覚悟は出来ていました。

展示も見終わり、やることもなくなったのでホール内へ。座席発見。予想外に、ぜんぜん最後方ではありませんでした。まあ前の方でもなかったですが……。眺めとしても、思ったほど遠くはなかったです。前回の米粒ほどじゃなく、スイカの種くらいには見えそう。

ちょっと気になったので、そーっと一階、二階にもお邪魔して、どんな感じで見えるのかチラッと覗き見してきました。その上で、個人的には……三階と二階は、正直そんなに大差ないかな、という印象です。一階でも後ろの方だったら、やっぱり遠く感じてしまうと思う。張り切って買うなら、やっぱり一階前方のSS席。あとはそんなに、変わらないのでは……と、思いました。だからやっぱり、今回はA席でよかったのだ……と、自分に言い聞かせる。

 

あとはひたすら開演待ち。客入れはアフリカンな民族音楽。小沢さんが放浪期に訪れた国々で聴いていたのであろうもの。たぶん、こういう濃厚な土着性に感化されて、2010年の復活コンサート『ひふみよ』のコンセプトが生まれたのだろう……などと思いながら、しかし開演時間を15分過ぎても始まらず、結果として30分くらい聴かされ続けたので、最後の方は半分寝てました。

 

20分押しくらいで、ライブがスタート。あとはもう、あっという間でした。新旧織り交ぜた充実のセットリストに、朗読あり、変な振り付けありの約二時間。前回よりもシンプル寄りな演出も良かったです。

期待を裏切らない、小沢さんらしさ全開の素晴らしい内容でした。素晴らしすぎて終演後、興味なかったはずの物販に並んでしまい、トートバックの(唯一残っていた)ホワイト買ってしまいました。おかげで持ち合わせがなくなり、遅い夕食はカップ焼きそばで済ませることになりました。でも後悔はないです。それくらい良かったです。

もう一回くらい観たいけど、今回は日程的に厳しそう。これからご覧になる予定の方、ぜひ楽しんできてください!

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。以下、ネタバレ全開になります。次回の大阪公演以降で参加される予定の方は、ご注意ください。

 

 

それでは以下、ネタバレがんがんで本編の感想、いきます。

 

20分押しで開演。いきなり演奏されたのはアルバム最終曲『薫る』のイントロ。絶対、いきなり真っ暗になってアルバム一曲目『彗星』の歌い出し「そして時は2020〜」で始まると思っていたから、めちゃくちゃ意外でした。

 

30人の演奏メンバーが全員揃うと、照明がばっと落ちて真っ暗に、2020年へ。小沢さんが自らデザインしたというメンバーの衣装(ポンチョみたいな感じ?)それぞれグリーンとピンクにぼんやり光っています。物販の「電子回路」のカラーがグリーン/ピンクだったこと、Tシャツなどにやたらと蓄光インクが用いられていたフラグ回収。

 

しかし『薫る』は歌わずに『流動体について』へ。ここで立ち上がってから、アンコール前まで立ちっぱなしでした。さらに『飛行する君と僕のために』最近出た録音版のようにクールではなく、フジロックのような荒っぽい演奏/歌い方でした。

 

個人的には意外だった『大人になれば』のイントロに合わせて、朗読。僕は歌詞の中で「歳をとる」ということを好意的に描いてきた、という話。生まれて育って死ぬことには輝きがある、そしてこの「輝き」の意味を、皆は分かってくれると知っている。そういう人だから、僕の音楽を知ってくれたのだ……と。

さらに、東京を流れる、あまり有名ではない「古川」だけどそのカーブに沿って首都高速が通っている、街が出来ているという話。物販の地図デザインの伏線回収。どちらも良い話でした。

 

その後『アルペジオ』と『いちょう並木のセレナーデ』のメドレー。この『いちょう並木のセレナーデ』が、個人的には前半のハイライト。シンプルでストレートな、とにかく曲の良さに忠実なアレンジ。改めて「やっぱりいい曲だなー!」と沁み入りました。ここで小沢さんが観客に「聞こえるよ!」と。

 

また『薫る』のイントロ。ついに演るのか、と拍手する観客に「薫る、演ると思いますか?やんないですよ僕は」と言い放つ小沢健二

朗読は「マスクの下で歌っていても、歌っていなくても、みんなの声は聞こえている」という話。声が聞こえなくても、ここから見ていたら全部分かる、と。個人的には、先ほど思わず口ずさんでしまった『いちょう並木』で「聞こえるよ!」と言われたので、たぶん本当に「聞こえて」いたんだと思います。

そういうわけで、いつもだったら客を煽って歌わせまくる小沢さんですが、今回は「Sing It!」がありません。その代わりに「I Can Hear You」が今回の合図。

 

静かなイントロ、聴いたことのあるリフ、ここで『今夜はブギーバック』きました。でもラップなしの『あの大きな心』バージョン。個人的に、この曲には不思議な切なさがあると(特に弾き語りだと)感じる時があり、その切なさを最大限に引き出したような、しっとりと哀愁のあるアレンジでした。正直あんまり好きな曲じゃないんですが、今回のバージョンは好きでした。

続いて『あらし』。そういえば大阪でも聴いた。この曲、格好いいですよね。

 

ここから『フクロウの声が聞こえる』からの『天使たちのシーン』という怒涛のメドレー。ソロ初ライブ『ファースト・ワルツ』での演奏、そして最近音源化された『VILLAGE』バージョンを混ぜたようなイントロでぶち上がってから、なんとフル尺での演奏でした。個人的には「真夜中に流れる〜」のくだりがちゃんと「スティーリー・ダン」で歌われたのが、なんか嬉しかったです。

 

からの『ローラースケートパーク』そんなに聴いている曲ではないですが、ライブだと上がっちゃうイントロです。そのまま『ひふみよ』ばりに『東京恋愛専科』へ。さらに最新曲『運命、というかUFO』へと流れていきました。あ、ライブ延期の後に出た曲もやるんだ、とちょっと意外でした。

 

そして『強い気持ち・強い愛』です。間違いなくライブのハイライト。イントロから客席の盛り上がり方半端じゃなかったです。やっぱりすごい曲です。20代でこれを作った小沢さんってやっぱりすごいと思います。

演奏が終わった後も、しばらく歓声と拍手が鳴り止みませんでした。それに応えるように、メンバーそれぞれを順番に照らしていくスポットライト。それぞれに拍手を贈る観客。ただ一人、指揮の服部さんが後ろ向きだったため、照らされていることに気付かず無反応だったのも含めて、やっぱりここがハイライト。

 

何度聴いてもカッコいい『高い塔』から、小沢さんが電子回路を消すよう指示をして、ふたたび真っ暗になったところで『泣いちゃう』へ。ギターの雰囲気、リズムの雰囲気が、なんかあの曲に似ている気がする……と思ったら来ました『ある光』。大阪で聴いて以来、このストリングスを含めたアレンジがあまりに感動的で、忘れられませんでした。やっぱり素晴らしいアレンジです。音源化してほしい、けど、やっぱりライブで聴くべきなのかもしれない。

 

そのままの熱量を含んだ、ギラギラの『彗星』で本編は終了。アンコール待ちの時間で、ようやく腰を下ろすことが出来ました。

 

アンコールは『失敗がいっぱい』から。また変な振り付けを踊らされます。前の席の人を「大丈夫だよ」と支える、癒す踊りだそうです。なんかの集会みたいになってきました。

 

そして、ついに来た『ドアをノックするのは誰だ?』のイントロ……!と、思いきや『ぼくらが旅に出る理由』が始まりました。どちらにしろ好きな曲なので嬉しいです。でも『ドアノック』も聴きたかったな。

 

ふたたび『薫る』のイントロ。いよいよ終わりの雰囲気の中、朗読へ。90年代からのファンに向けて「こんな変な歌詞を書く僕を見つけてくれた人、ありがとう」というメッセージ。そしてついに『薫る』。歌い上げた後、拍手の中で「そして時は2022〜」という歌い出しから、もう一度『彗星』を。サビにさしかかったところで静かなアレンジになって「今ここにあるこの暮らし〜」をしっとりと力強く歌い上げ、全演奏が終了しました。

 

最後のところだけ、なんだか小沢さんのボーカルが安定していなくて「声、枯れちゃったのかな」などと呑気に思っていたのですが、どうやらアンコールで涙されていたみたいです。驚きました。全然分からなかった。まあ「スイカの種」の距離だし、当然か……。

勝手な推察だけど、あの涙は『強い気持ち・強い愛』での熱狂が「聞こえた」から、ではないだろうか。

 

終演後の福岡サンパレス。ついに物販に並んだ。本当に全滅レベルの売れっぷりだった。

 

そんなわけで、大満足のライブでした。とにかく音楽と朗読を詰め込んだ二時間。MCは最後にちょろっとだけで「本当にありがとう。また来ます!」と言ってくれました。個人的に印象に残ったのは、やっぱり『いちょう並木のセレナーデ』と『強い気持ち・強い愛』です。全体を通して、それぞれの楽曲の良さをガツンと感じられるライブだったと思います。

しかし『ラブリー』を演らなかったのは意外だった。あと『愛し愛されて生きるのさ』とかも。

 

次回も是非行きたい。いつもいつも後ろの席ばっかり取ってるので笑、次はそろそろ前の方で観てみたいです。距離も近いし……お客さんのテンションもやっぱり、熱心なファンは前列に集まりますよね。三階から会場を見渡しながら、そんなことを思いました。

 

文句なしの内容でしたが、ただひとつ気に入らなかったこと。小沢健二の雨男ぶりは何とかならないのでしょうか。曇りだったはずの帰り道、いきなり信じられないような雷雨に襲われました。慌てて折りたたみ傘をさしましたが、ものすごい雨量で通用せず、結果びしょびしょで帰りつきました。どうか次回は勘弁してください。

 

最後に、終演後の夜バージョンで博多埠頭を一枚。綺麗ですよね。

*1:ワイヤーに小さい電球が付いていて、腕とかに巻き付けて光らせるやつ。

新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #5『アニマル・インデックス』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

9thアルバム『アニマル・インデックス』(1985年10月21日発売)

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久しぶりに外部プロデューサーを起用し、セールスを強く意識して制作された前作『アマチュア・アカデミー』。しかし、ポピュラリティとオリジナリティのジレンマに陥ったレコーディング作業は難航を極め、総じて500時間にも及びました。

衝突だらけの制作体制に疲弊したバンドは、本作で再びセルフ・プロデュース体制へと回帰、さらに「六人それぞれが二曲ずつ作曲、各自でレコーディングを行い、最後にアルバムとしてまとめる」という、まるでシンガーソングライターのような完全分担制を敢行することになりました。

ほとんどメンバーそれぞれの個人作業のみで構築された本作。デジタルシーケンサーMC-4が初めて導入された『マニア・マニエラ』以降、コンピューターとの共同作業の中で試みられてきた「バンド」という形態そのものの解体、本作はその一つの到達点とも言うべき、ムーンライダーズ史上最もパーソナルで内省的な作品となりました。

それでいて散漫な仕上がりに陥ることなく、見事に「ムーンライダーズ」のアルバムとして成立しているのは、やはりバンドとしての揺らぎない個性が確立された証拠。まさしく絶頂期と呼ぶに相応しい圧倒的な創作力にあふれた、80年代ムーンライダーズを代表する名盤です。

 

 

01. 悲しい気持ち

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作詞・作曲は鈴木慶一組曲のようなメロディー展開が「らしさ」全開、その一方で慶一さんの歌詞には珍しい、不良じみた言い回しが印象に残ります。歌詞の内容は同年七月、海水浴中に亡くなったたこ八郎氏に捧げられたもの。また慶一さんによると、斉藤由貴さんのアルバム『AXIA』へのアンサーソングでもあるとのこと。

 

02. 犬にインタビュー

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作詞に盟友、サエキけんぞうが参加。緊張感みなぎるイントロがカッコいいです。歌詞はマスコミ、週刊誌の記者を揶揄したもの。掻き鳴らされるギターで、さすが白井さんの存在感が抜群の一曲。本作の発売後に敢行された10周年記念ツアーでは、アコースティックギターを中心としたアレンジで演奏されました。

 

03. ウルフはウルフ

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作詞・作曲は鈴木博文。切ないメロディーとユニークすぎる歌詞が印象に残る一曲です。どことなく漂う歌謡曲のような聴きやすさは、変化球だらけの本作の中では異色のテイストとなっており、特異な存在感を放っています。博文さんのライブ音源ベスト盤『THE DOG DAYS』にも収録されています。

 

04. 羊のトライアングル

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バンド随一のポップ担当・岡田徹によるキャッチーなメロディーに、サエキけんぞうが歌詞を提供。タイトルにもある通り、本作のテーマのひとつは「動物」で、ここまでの全曲で何らかの動物がモチーフになっています(一曲目『悲しい知らせ』は、タコだそうです)が、ここから先はあんまり関係ありません。

 

05. さなぎ

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前作同様、やっぱり独特すぎる存在感を隠しきれない、かしぶち楽曲。アレンジは相変わらずユニークですが、歌詞を含めて楽曲としては歌謡曲的なテイストが強めです。メンバー各自に作業を任せながら、リーダーとして全ての作業に立ち会っていた慶一さんは、特にこの曲のアレンジには口を出したくて仕方なかったそうです……笑。

 

06. Acid Moonlight

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一聴して作曲者が分かる、というのは、こういうパターンもあるのです。かぐや姫神田川』のイントロを手がけたことでも知られる、武川さんによるバイオリンの切ない音色が、アルバムのA面(アナログ盤に限る)を静謐に締めくくります。このように本作は、A面とB面の両方が六人全員の作曲によって構成されています。

 

07. HEAVY FLIGHT

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B面の幕開けを飾る、本作では三曲目となるサエキけんぞう作詞曲。その内容は、同年八月に航空事故により亡くなった坂本九への哀悼が込められたもの。一筋縄ではいかないリズムトラック、やはり存在感のある白井さんのギター、そしてバンドとしては珍しい雰囲気のコーラスワークが印象的です。

 

08. 夢が見れる機械が欲しい

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現在でもライブでたびたび演奏されるバンドの代表曲のひとつ。本作の制作中、鬱に陥ってしまった慶一さんの苦悩がそのままぶつけられた歌詞が強烈です。翌年に発表されたバンド初の映像作品『DREAM MATERIALIZER』のタイトルの元ネタにもなりました。後年のライブではボサノヴァ調のアレンジで演奏されています。

 

09. Frou Frou

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こちらもライブでは定番となっている、バンド屈指の人気曲。キャッチーなメロディー、そして慶一さんをして「こんなにアグレッシブなリズムの曲は今までなかった」と言わしめた縦ノリっぷりからして、やはり録音よりもライブで映える一曲。抽象的でありながらも官能的な歌詞も、かしぶちさんらしさ全開です。

 

10. 駅は今、朝の中

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鈴木博文作詞・作曲による、本作でも随一の人気を誇る名曲。変則的な構成でありながら、別れゆく男女の喪失感、そして朝のプラットホームの寒々とした光景が、ありありと浮かんでくる一曲です。サンプリングが効果的な間奏部分も好きです。

僕は卑怯で 臆病者で 君の中には いられない

 

11. 僕は走って灰になる

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怪作揃いの本作の中でも、ひときわ異彩を放つ野心作。聴く者を焦らしまくる長い長いイントロから、いきなり怒涛の勢いで押し寄せる歌詞、やっと始まったかと思いきや、あっという間に終わってしまうという『インフェルノ*1』ばりの変態構成です。

君は駆けても豚だけど 僕は走って灰になる

 

12. 歩いて、車で、スプートニク

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鈴木慶一本人も「イチオシ」と語る、アルバムを締めくくる屈指の名曲。どこか不安定なメロディーも、意味深で難解な歌詞も、一度聴いたら忘れられないこと請け合いです。印象的なタイトルも含め、お馴染みの「肉体と機械」がテーマの一曲。

記憶のすべて置いて行けるか 来るべき怪物 記録のすべて白紙にするか 去りゆく知性

 

 

80年代ロックにおける「パーソナル」の台頭

完全分担制でレコーディングされた本作。その中で、アルバム全体のイメージを把握しておくために唯一、すべての作業に立ち会った(でも口は出さない)鈴木慶一は、本作のレコーディング作業中に「スタジオにいるのに何も出来ない」というジレンマに苦しみ、神経症を患ってしまいます。その影響は、本作の内容にも(主に歌詞の面で)色濃く顕れており、例えばニュー・オーダーなどにも通じるような80年代らしい内省的なテイストを本作にもたらした、重要なファクターのひとつとなりました。

コンピューターの台頭と、ロック文化の細分化と成熟、その狭間で生み出された80年代のロック・ミュージック。本作は、その制作スタイルにおいても、またその内容においても、80年代ロックならではの「パーソナル」を体現した作品と言えます。

本作における個人主義的な趣向は、形を変えて次作にも引き継がれることになります。次回はいよいよ、80年代のムーンライダーズを締めくくる集大成的作品にして、自他認める「バンド最高傑作」の登場です。

*1:ダリオ・アルジェント監督による1980年公開のホラー映画。

新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #4『アマチュア・アカデミー』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

8thアルバム『アマチュア・アカデミー』(1984年8月21日発売)

前々作『マニア・マニエラ』の発売中止、そしてレコード会社からの「もっと大衆向けの作品を」という要望をもとにした『青空百景』の制作という一連の出来事を経て、バンド内では「大衆意識」の気運が高まっていました。単に「自分たちの作りたいもの」というだけではない「売れる音楽」の制作を志したムーンライダーズは、長らく続いていたセルフ・プロデュース体制から一旦脱却、2ndアルバム『イスタンブール・マンボ』以来となる外部プロデューサーとして、大貫妙子竹内まりやのプロデュースで知られる宮田茂樹を起用し、8thアルバムの制作に取り掛かりました。

しかし、バンドとしてのオリジナリティとサウンドへのこだわり、さらにセールス意識までもが拮抗したレコーディングは困難を極めました。メンバーとプロデューサーの間における軋轢、徹底的なサウンド・プロデュース作業などの影響で、総じて500時間にも及んだと言われる本作のレコーディングは「バスドラの音色を作るために一週間を費やした」とか「朝七時にトランペット奏者をブッキングした」といった数々の伝説的エピソードでも知られています。

そんな過酷な制作過程を経て、前作から約二年ぶりとなる新作として発表された本作。内容としては、同時期に出現した黎明期ヒップホップにも通じるブラック・ミュージックの感覚が非常に色濃く、ムーンライダーズ全作品の中でも肉体的でアグレッシヴなビートが印象的な作品となりました。また、ジャケット写真やライブの際のメンバーの衣装は黒いタンクトップで統一されており、こちらもまた、テーマとしての「肉体」を感じさせる演出となっています。

楽曲のタイトルはすべてアルファベットと数字だけで構成されており、歌詞カードでも改行等なしの文字でびっしりと埋めつくされたある種の「記号的」なデザインが施されています。このプロダクションは、鈴木慶一の「ムーンライダーズの音楽は暗号である」という発言、意図に準じたものと言えるでしょう。こうした「らしさ」を感じさせる独特な知性と、音楽面における肉体性が絶妙に融合した本作は、まさにムーンライダーズらしい捻くれっぷりが炸裂した80's邦楽ポップ屈指の名盤です。

 

 

01. Y.B.J. (Young Blood Jack)

イントロからアグレッシブなビートが聴く者の身体を揺さぶる、アルバムの開幕曲。ムーンライダーズの歌詞にたびたび登場する「ジャック」が主人公です。終末期を彷彿とさせる歌詞と疾走感あふれるメロディーが、サイバーパンク的なイメージを感じさせます。アレンジ面では凝ったボーカル効果が印象的です。

 

02. 30 (30 Age)

ムーンライダーズ流、ジャンルや曲構造などを超越した捻くれポップの真骨頂。メンバー最年少の博文さんが30代に突入したことを記念して書かれた曲らしく、歌詞では30歳の誕生日を迎える男の姿が描かれています。実際の曲のタイムラインに合わせて、日付が変わる瞬間までのカウントダウンが進んでいく仕掛けが面白いです。

 

03. G.o.a.P (急いでピクニックへ行こう)

岡田さんらしい穏やかで聴きやすいメロディーですが、歌詞の内容はなかなか強烈。19歳差のカップルのストーリーが、どこか退廃的な詩情とともに描かれています。特にサビの「森でワイン 堕落したいや 海でワイン 自滅したいや」というフレーズは印象的で、一度聴いたら忘れられません。

 

04. B TO F (森へ帰ろう〜絶頂のコツ)

副題から推測するに、タイトルはおそらく「Back to the Forest」の略。博文さん作曲の、こちらもまた穏やかなメロディーが印象的、かつどうやらまたもや肉欲にまつわる歌詞。サビに並ぶ横文字のハマりっぷりが気持ち良く、そして最後には「ピーク・エクスペリエンス」と思いっきり言っています。

 

05. S・E・X (個人調査)

二曲続いた官能ソングの流れはまだ途切れず、まさかの第三発はタイトルからしてど直球。かしぶちさんの十八番とも言える耽美的な音世界で、アルバムの中でも一際浮いている一曲。でも個人的には、本作の中でも特に好きな曲です。歌詞も秀逸。

どうしてそんなに化粧を濃くしているの 僕の愛情が染みていかない

 

06. M.I.J

アルバムに先駆け、本作から唯一のシングルとして発売されました。黎明期ヒップホップにかなり接近した、バンドとしては異色のラップ曲。その上、収録曲の中でもポップ要素はかなり薄めで、正直どうしてコレがシングルカットされたのか不思議ではあります……。ゲスト・コーラスで野宮真貴が参加しています。

 

07. NO.OH

白井さんテイスト全開のアッパーでキャッチーな王道ロックチューン。さすがの突き抜けっぷりが痛快で、それでも全体的な構造にバンドらしい捻りがしっかり効いています。アルバムの中でも強烈な存在感を放つ一曲で、白井さんの存在の大きさが改めて感じられます。仮タイトルは『アジアの鬱病』だったそうです。

 

08. D/P (ダム/パール)

本作において特異な存在感を放っているかしぶちさん楽曲。爽やかで切ないメロディーが美しい名曲です。歌詞において「ダム」と「パール」がそれぞれ象徴するのは男と女。ダムを作る肉体労働者の男性と、パールで着飾る富裕層の女性。二人のロマンスの終わりが「また旅に戻る」というフレーズで表現されています。

 

09. BLDG (ジャックはビルを見つめて)

歌詞にジャックがふたたび登場。サンプリングによるリズムトラックと分厚いコーラスワークで構成された大胆なアレンジが、奇妙でユニークな印象を感じさせます。アルバムの発売に先駆けて収録曲すべてを演奏した渋谷公会堂ライブでは、一曲目『Y.B.J.』に続く二曲目として演奏されていました。

 

10. B.B.L.B. (ベイビー・ボーイ、レディ・ボーイ)

タイトルの通り、幼児退行や女装趣味をテーマとした一曲。それらの願望はすべて「ハピネスは辞書にも載ってるとおりで 幸せなんて人それぞれ」というフレーズで昇華されます。楽曲としては、前作から引き継いだ「複数のメロディーを繋げて目まぐるしく展開する」組曲的ポップのひとつの到達点と言えるでしょう。

 

 

バンドの充実ぶりを証明した80年代屈指の名盤

ヒップホップの誕生という世界的なトレンドにも呼応しながら、バンドとしての絶対的なオリジナリティを確立した本作。誰もが認める「絶頂期」に突入したムーンライダーズは、この後も邦楽屈指の「ひねくれポップ」バンドならではの名曲を、次々と世に送り出していきます。

革新性、聴きやすさ、完成度、楽曲の幅広さ……あらゆる面において充実の内容となった本作は、ファンの間でも最高傑作の呼び声が高く、また80年代邦楽における屈指の名盤と言えるでしょう。しかし、外部プロデューサーを迎えたレコーディングにバンドは疲弊、次作ではその反動から、内省的な作風へとシフトすることになります。

新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #3『青空百景』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

7thアルバム『青空百景』(1982年9月25日発売)

キャリア通算七作目となるアルバム『青空百景』は、先鋭的すぎるという理由でお蔵入りになってしまった前作『マニア・マニエラ』の代替作として急遽レコーディング、発売された作品として知られています。前作までのアヴァンギャルドな作風を一旦断ち切るべく、キャッチーでポップな楽曲がずらりと並んだ本作は、バンド80年代期における名盤のひとつとして今なお根強い人気を誇っています。

振り返ってみると、70年代におけるムーンライダーズの音楽性には、色濃い「邦楽らしさ」を感じさせる歌謡曲的なテイストが含まれていました。80年代以降の作品と比較すると、聴きやすくはあるものの、それはある意味で少しベタっぽい「既聴感」とも言えるものでした。良くも悪くも「いわゆる」邦楽テイストに通じる平凡さが、バンドとしてのオリジナリティとせめぎ合っていたのが、70年代のライダーズでした。

本作において、ふたたび本格的に「聴きやすさ」を取り戻したムーンライダーズが、つまり先述の70年代的な作風に回帰したのかというと、そうではありません。本作においてムーンライダーズは、前作までの流れに沿って80年代の革新的アレンジ・テクニックを駆使しつつ、馴染みやすい「邦楽っぽさ」に依存することのない、斬新かつオリジナリティあふれる「ライダーズ流ポップ・ロック」を完成させたのです。

バンドの目論見通りにポップ路線は功を奏し、シングルカットされた『僕はスーパーフライ』ではバンド初となるTV-CMタイアップを獲得しました。自分達の作りたいものを作る、というだけでなく「売れるものを作る」という大衆への意識は次作にも引き継がれ、長らく続いていたセルフ・プロデュース体制から一旦脱却、久々となる外部プロデューサーの起用に繋がることになります。

 

 

01. 僕はスーパーフライ

キャッチーながらもどこか捻くれた構成が見事な、まさしくムーンライダーズ流ポップを代表する人気曲。幕開けとしてアルバム全体のテイストを印象づける名曲です。僕はハエになって君の周りぐるぐる回る……という印象的な歌詞は、高橋幸宏をモデルにしているそうです笑。TVCM「ミノルタ 押すだけ全自動クォーツ」使用曲。

 

02. 青空のマリー

白井良明が手がけた、こちらも屈指の人気曲。バンド全楽曲の中でも一、二を誇るキャッチーなメロディーが印象深いです。歌詞提供として『9月の海はクラゲの海』などでも知られるサエキけんぞうがクレジットされていますが、メンバーによる手直しによって原型はほとんど残っていないそうです。

 

03. 霧の10㎡

作詞・作曲は鈴木博文。ユニークなタイトルに加え、非常に博文さんらしい断片的かつ叙情的な歌詞が印象的です。同じく博文さんが手がけた前作の収録曲『振子と滑車』を彷彿とさせる雰囲気がありますが、耽美な世界観を感じさせた『振子〜』に対して、こちらは比較的明るさを感じさせる印象です。

 

04. 真夜中の玉子

独特なサウンド処理とユニークな曲調が前作『マニア・マニエラ』にも通じるアヴァンギャルドを感じさせますが、めくるめく展開とポップなメロディーが聴き易く楽しい一曲。意味があるのかないのか絶妙なバランス感覚が秀逸な歌詞は、なんとこちらも博文さんによるもの。博文さんの詩人としての懐の深さを改めて感じます。

 

05. トンピクレンッ子

イントロから、アップテンポなノリの良さと逆再生などで凝りまくったサウンドのアンバランス加減が最高にムーンライダーズ。ライブでも盛り上がる定番曲となっています。タイトルの「とんぴくれん」は江戸言葉で「おっちょこちょい」という意味。陽気でキャッチーな雰囲気も含めて、下町育ちの白井さんらしさ全開の一曲です。

 

06. 二十世紀鋼鉄の男

レコードではB面のオープニングにあたる、こちらもライブ定番曲のひとつである人気曲。どことなく前作『マニア・マニエラ』を彷彿とさせるタイトルは無骨な印象ですが、キャッチーなメロディーには橿渕さんらしい情緒的なセンスが光っています。とても聴きやすい、アルバム屈指のポップチューンと言えるでしょう。

 

07. アケガラス

穏やかなメロディーでシンプルな曲構造、アルバムの中でもかなり聴きやすい一曲。イメージが浮かぶような浮かばないような、絶妙に抽象的な歌詞は博文さんの真骨頂。アレンジにおいては、要所で奏でられる武川さんのバイオリンが印象的です。カラスということですが、後ろで聴こえている鳴き声はどう聴いても海猫です…。

 

08. O.K. パ・ドゥ・ドゥ

素朴かつエモーショナル、どこか切ないメロディーが印象的な一曲。作曲クレジットから、岡田さん・かしぶちさん・慶一さんがそれぞれ持ち寄ったメロディーを組み合わせた作品のようです。しりとりのように単語が連鎖する歌詞もユニークです。パ・ドゥ・ドゥとは、バレエにおいて男女二人の踊り手によって演じられる舞踊のこと。

 

09. 物は壊れる、人は死ぬ 三つ数えて、目をつぶれ

ポップではありながらも、目まぐるしい曲調の変化があまりにユニークな、おそらく本作随一の野心作。こうした組曲のようなメロディー構成は次作にも引き継がれ、バンド独自のポップテイストとして更に洗練されていきます。歌詞においては、タイトルも含めて慶一さんのニューロティックな精神性が炸裂しており、素晴らしいです。

 

10. くれない埠頭

今もなおライブのフィナーレを飾る定番曲にして、問答無用の大名曲。センチメンタルなメロディーに、断片的なセンテンスの中でも切ない郷愁を感じさせる歌詞が見事に絡み合い、特にアウトロのリフレインは胸に迫ります。凝ったサウンド面においては、リバーブの効いたギターのエモーショナルな響きが印象的です。

 

 

ムーンライダーズ初心者にも最適の一枚

発売中止という予期せぬハプニングから生まれた作品でありながら、急遽制作されたとは思えないほどの充実作となった本作によって、バンドは見事『マニア・マニエラ』のお蔵入りを克服、単なるアヴァンギャルドにとどまらない懐の深さを顕示しました。バンドとしての代表曲を多数収録、先鋭的なサウンドでありながら親しみやすいメロディーにあふれた本作は「ムーンライダーズ入門」としても最適の一枚です。

発売中止〜本作の制作という一連の出来事をきっかけに、バンド内においては「売れる音楽を作る」という意識が高まっていました。そして次作、ムーンライダーズは2ndアルバム『イスタンブール・マンボ』以来となる「外部プロデューサーの起用」を敢行。サウンドへのこだわりやプロデューサーとの衝突により制作は難航、総じて500時間にも及んだレコーディングの末、ついに完成した8thアルバムはキャリア最高売上を記録したバンドの代表作となりました。

新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #2『マニア・マニエラ』

 

 

現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ

ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。

ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。

近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。

 

 

6thアルバム『マニア・マニエラ』(1982年12月15日発売)

ムーンライダーズ史上最大の問題作として知られる『マニア・マニエラ』は、バンドのディスコグラフィーにおいて、制作順としては六枚目となるアルバム、しかし発売順では次作『青空百景』に続く七枚目にあたります。これは、本作が完成後に発売中止に追いやられてしまったこと、そして代作として急遽、次作にあたる『青空百景』が制作・発売された、という背景に起因しています。

本作においてバンドの音楽性を決定づけたのは、キーボード担当の岡田徹が購入した、当時の最新機材であるデジタルシーケンサーの元祖機「MC-4」でした。その非常に高価な値段設定から入手するのは至難の業、日本においても所有/レコーディングに導入していたのは冨田勲YMOなどのごく一部のミュージシャンに限られていた本機。その導入によって、バンドのサウンドは前作から躍進的な変化を遂げます。

デジタルシーケンサーによる独特のリズムと音色によって、オリジナリティ溢れる革新的な音世界を完成させたムーンライダーズ。しかし結果として、皮肉にもその「進化」こそが、本作を「幻のアルバム」たらしめてしまったのです。

本作を「移籍後初のアルバム」として売り出そうとしていたレコード会社側は、そのあまりに前衛的な内容に難色を示しました。そして議論の末、最終的にはメンバー自身がお蔵入りを決定する形で、本作の発売中止が決定。バンドは空いた穴を埋めるべく代替作のレコーディングに取り掛かり、本作とは対照的にポップ路線を追求した傑作『青空百景』を完成させ、発表しました。

『青空百景』のリリースから三ヶ月後、当時まったく普及していなかったCD形態でのリリースで、本作はついに解禁されました。一部では「CDのみで発売された世界初のアルバム」とも言われている本作ですが、LP全盛の当時においてCDの再生環境は皆無に等しく、実質的な初リリースは84年に発売されたカセットブック版(あるいは86年発売のLP版)として認識されています。

ちなみに先述のオリジナル版CDは(そりゃそうだろう、と思いますが)プレス数が極めて少なかったことで知られており、現在はプレミア価格で取引されています。

 

 

01. Kのトランク

作詞を務めたのは歌手/写真家の佐藤奈々子。タイトルの「K」は鈴木慶一を指しています。歌詞中に出てくる「薔薇がなくちゃ生きていけない」とは現代芸術家ヨーゼフ・ボイスの言葉で、アルバム全体におけるキーフレーズとなっています。機械的なリズムにコーラスワークが絡み合う、まさしく本作の幕開けにふさわしい一曲。

 

02. 花咲く乙女よ穴を掘れ

イントロから軍歌のような荘厳な雰囲気が漂う異色のポップチューン。86年のLP版発売の際、唯一のシングル盤として発売されました。メロディーの雰囲気を見事に捉えつつ、ミステリアスで聴く者の想像力を掻き立てる秀逸な歌詞は、コピーライターの糸井重里によるもの。こちらも凝ったボーカル/コーラスが印象的です。

 

03. 檸檬の季節

本作の聴きどころといえば、MC-4の制御による機械的なビートや音色と、生々しいボーカルや人力演奏の響きが絡み合った、その独特の音世界。この曲では、シビアに疾走するビートの合間を縫って、アコースティック・ピアノやバイオリンの美しい音色が効果的に散りばめられています。こちらも作詞は佐藤奈々子

 

04. 気球と通信

いかにも80年代らしいシーケンサーのリフが印象に残る、落ち着いたリズムとポップなメロディーで(本作でも数少ない)肩の力を抜いて楽しめる一曲。ポップに振り切れた次作『青空百景』に通じる雰囲気を感じさせます。とはいえ、アレンジは相変わらずの凝りっぷり。間奏での「ツウシン」が楽しいです。

 

05. バースディ

極端に少ない音数、その割に変則的で凝りに凝ったアレンジ。問答無用のど直球・80'sポストパンクです。80'sの代名詞とも言えるドラムマシン「TR-808」の印象的な音色も効果的。断片的で誕生日感ゼロの不穏きわまりない歌詞は、バンドの代表曲のひとつ『9月の海はクラゲの海』等でも作詞を務めたサエキけんぞうによるもの。

 

06. 工場と微笑

現在でもライブで頻繁に演奏されている、アルバムを代表する人気曲。ポップではありつつも労働歌のような重々しさが漂うメロディーに、アルバム全体のテーマの一つである「労働」をモチーフとした歌詞、ムーンライダーズならではの野太いコーラスワークを軸としたアレンジが見事にハマっています。

 

07. ばらと廃物

人力演奏中心のアレンジ、すなわちコンピューター然とした無機質なリズム感覚が薄めで、雰囲気としては前作『カメラ=万年筆』にも通じるテイストを感じさせる一曲。キーワードはもちろん「薔薇」です。個人的には、コーラスとトランペットが絡み合うアウトロ「ジャンク・モービル、ジャンク・モービル……」が好きです。

 

08. 滑車と振子

無機質なリズムと生楽器/コーラスが絶妙に絡み合った、まさに本作ならではの音世界。特に「ヨイヤイ……」という民謡のようなコーラスが印象的です。奇妙なロマンチズムを感じさせるメロディーと歌詞も素晴らしい。高橋幸宏っぽいかも、と思ったりもします。シングル『花咲く乙女よ穴を掘れ』のB面に収録されました。

 

09. 温和な労働者と便利な発電所

もしかすると、本作をお蔵入りたらしめた(かもしれない)アルバム屈指の問題作。どことなく、同年に制作された細野晴臣フィルハーモニー』を彷彿とさせる雰囲気ですが、現代音楽テイストが濃厚だった『フィル〜』に対して、それでも(一応)ポップチューンとして成立させてしまっているのが、こちらのスゴいところ。

 

10. スカーレットの誓い

ライブでも定番となっているバンド屈指の人気曲。あるいは『青空百景』に入っていても違和感のない、キャッチーでアップテンポな名曲ですが、このレコーディング版では割と大人しい印象。この曲はやはり、ライブでのテンションの高い演奏の方が似合っている気がします。歌詞に再び「薔薇がなくちゃ〜」が登場します。

 

 

デジタルシーケンサー黎明期を代表する名盤

前作におけるオルタナティヴ路線を、コンピューターの導入によってさらに突き詰めた本作。デジタルシーケンサー黎明期ならではの「機械と人力」の融合が生んだ音世界は唯一無二であり、今もなお新鮮な印象を受けます。これは勿論、時代性だけに依るものではなく、アレンジにおける過不足なき見事なバランス感覚、そしてバンドとしての懐の深さが生んだ「引き出しの多さ」の賜物であると言えるでしょう。個人的にも、本作は80年代作の中でもかなり好きなアルバムです。

一部のファンからは「最高傑作」とも称され、今もなお根強い人気を誇っている本作。しかし一時は発売中止に追いやられ「幻のアルバム」となってしまいました。次回ご紹介するのは、お蔵入りとなった本作の代替作として発表されたバンドの第7作。前衛を極めた本作からの振り戻しのごとく、ムーンライダーズ史上最もポップな作品が誕生しました。

 

 

2022年7月『マニア・マニエラ』再現ライブ開催決定!

と、こんな記事を書いていたら……なんと本作『マニア・マニエラ』の再現ライブの開催が発表されました!

www.billboard-live.com

再現ライブは2020年に無観客で開催された『カメラ=万年筆』ライブに続く第二弾。ちょうどこんな記事を書いていたところだったので驚きました。この流れだと、80年代作をすべて辿っていく流れなのでしょうか。記事タイトルに「再現ライブに向けて〜」とか、加えておこうかな。