新アルバム発売記念〜80年代のムーンライダーズ #1『カメラ=万年筆』
現存最古の邦ロックバンド、ムーンライダーズ
ムーンライダーズは1975年、前身バンドにあたる「はちみつぱい」のメンバーを中心として結成されました。当初、のちに売れっ子プロデューサーとして成功した椎名和夫がギタリストとして在籍していましたが、音楽性の相違から脱退。代わりに二代目ギタリストとして白井良明が加入し、現行のメンバーが揃いました。
ラインナップは、鈴木慶一(Vo)、鈴木博文(Ba)、岡田徹(Key)、武川雅寛(Vn)、かしぶち哲郎(Dr)、白井良明(Gr) の六名。2013年にかしぶち氏が逝去してしまいましたが、代わりにライブで度々サポートを務めていた夏秋文尚(Dr) が加入、今もなお精力的な活動を続けています。
近年はライブを中心に活動しているムーンライダーズですが、去る4月20日、オリジナルアルバムとしては11年ぶりとなる新譜『it's the moonriders』が発売されました。今回はこの新譜発表を記念して、個人的に「ムーンライダーズ黄金期」と考える80年代期の傑作群にスポットを当て、ご紹介していきたいと思います。
5thアルバム『カメラ=万年筆』(1980年8月25日 発売)
ムーンライダーズ五枚目のアルバム『カメラ=万年筆』は、前作『MODERN MUSIC』からちょうど十ヶ月後にあたる1980年8月25日に発売されました。バンドとしては、クラウンレコード在籍期における最後の作品にあたり、この後バンドはジャパン・レコード(現:徳間ジャパン)へと移籍することになります。
アルバム全体で「架空の映画サウンドトラック」というコンセプトが掲げられており、全曲が題名を映画作品のタイトルから引用しており、その内容も各映画からインスパイアされたものとなっています。また『第三の男』をはじめ、全15曲中3曲は実際に映画で用いられていたテーマ曲のカバーであり、滅多にカバーをやらないムーンライダーズのスタンスも踏まえて、本作はバンド史上もっともコンセプチュアルなアルバムであると言えるでしょう。
アルバムタイトルは、フランスの映画批評家であるアレクサンドル・アストリュックが提唱した同名の映画理論に由来しています。映画表現の行先について「書き言葉と同じくらい柔軟で繊細なものになるだろう」という見解を示した本理論は多くの映画人に影響を与え、のちのヌーヴェルヴァーグ(作家主義)の勃発にも繋がっていきました。
音楽性としては、前作にも見られたニューウェーブのテイストをさらに押し進め、より前衛的で過激さに磨きのかかった内容となっています。時代の最先端に呼応したサウンド、コンセプトアルバムとしての実験性も踏まえながら、それでいてポップな聴きやすさはなお健在、いわば前期ムーンライダーズの集大成とも言える傑作です。
01. 彼女について知っている二、三の事柄
アルバム唯一のシングル曲であり、ライブでも今なお定番となっているバンド屈指の人気曲。非常に軽快でポップながらも、どこか重厚で不穏な雰囲気が漂うロックチューンです。元ネタとなった映画は、ジャン=リュック・ゴダール監督による1966年の同名作品。
02. 第三の男
作曲家アントン・カラスが手がけた、言わずと知れた同名映画のテーマ曲をバックに、トランペットの音や水の跳ねる音、加工されたボーカルなどが飛び交うサウンド・コラージュ作品。既存楽曲の解体・再構築という、非常にニューウェーブらしい試みと言えるでしょう。
03. 無防備都市
イントロからしてニューウェーブ全開の荒っぽいサウンドがカッコいいです。ほぼ全編、二つのパターンのみで構成された非常にシンプルな作りながらも、見事にポップで聴く者を飽きさせない佳曲。元ネタは1945年公開の同名作品。
04. アルファビル
いきなり暴れまくるボーカルがまたもや強烈にニューウェーブを感じさせる一曲。やはり極端にシンプルな構成ながらも、ストレートなパンクっぽさがこれまたカッコいい。元ネタは1965年公開、ジャン=リュック・ゴダール監督による唯一のSF作。
05. 24時間の情事
シンプルながらも複雑なリズム感が印象的な一曲。そして後半、突如として現れる掃除機の音によって楽曲は強制終了、そのまま謎めいたサウンド・コラージュへと突入し、幕を下ろします。元ネタはアラン・レネ監督による1959年の作品。
06. インテリア
硬派なサウンドはそのままながら、アルバム随一の明るい雰囲気が印象的な一曲。個人的には初期のエルヴィス・コステロを思い出したりして好きな曲です。元ネタはウディ・アレン監督による1978年(本作発売の二年前)の同名作品。
07. 沈黙
異様なリズムサウンドが独特な質感を醸しながら、それでいて隙のないアレンジが非常にカッコいい。キャッチーなメロディーも印象的、アウトロのくどいボーカルも好きです。元ネタはイングマール・ベルイマン監督による1963年の同名作。
08. 幕間
前曲の歌詞を受けた「電話」の効果音が挿入された後、そのままメドレー形式で本曲へと繋がります。作詞・作曲を手掛けたのは音楽家/写真家として知られる佐藤奈々子。元ネタはルネ・クレール監督が1924年に手掛けた同名の短編作品。
09. 太陽の下の18才
同名映画の挿入歌としてエンニオ・モリコーネが手掛けた大ヒット曲を、ニューウェーブとして大胆に解釈したカバー。ディーボの『サティスファクション』などを彷彿とさせる、まさしく「解体・再構築」の概念にふさわしい趣向と言えます。
10. 水の中のナイフ
先述の『彼女について〜』に並びアルバムを代表する一曲で、ベスト盤などにも度々選曲されています。キャッチーなメロディーが印象的で、ファン人気の高さも頷ける名曲。元ネタは1962年公開、かのロマン・ポランスキー監督のデビュー作です。
11. ロリータ・ヤ・ヤ
ベンチャーズが手がけたスタンリー・キューブリック監督による1962年作『ロリータ』のテーマ曲を、ニューウェーブ的解釈で再構築。無機質なサウンドと、咳の音などの断片的なサウンドを繋ぎ合わせたサウンドコラージュの趣向が印象的です。
12. 狂ったバカンス
あっさりとした一曲ながらも、控えめなボーカルによるシリアスな雰囲気は、アルバム全体の中でも際立っています。元ネタは1962年公開の同名ヒット作。ちなみに主演を務めたのは『太陽の下の18才』のカトリーヌ・スパークでした。
13. 欲望
いきなり機械の環境音から始まり、ボーカルの加工や空間的な音響効果など、全編にわたって凝ったサウンドが印象的な一曲。歌詞には「カメラ」と「万年筆」が登場します。元ネタは、とある殺人事件に巻き込まれた写真家の顛末を描いた同名映画。
14. 大人は判ってくれない
個人的に本作の中で一番好きな、メロディアスでカッコいい渋めのロックチューンです。実質的にはアルバムを締めくくる一曲と言えるかもしれません。元ネタは1959年に公開された、かのフランソワ・トリュフォー監督の長編デビュー作。
15. 大都会交響楽
スティーブ・ライヒなどのミニマル・ミュージックを彷彿とさせるリフレインの反復、アルバム全体の「アウトロ」とも言えるこの曲をもって、本作は幕を下ろします。元ネタは1927年公開、ヴァルター・ルットマン監督による同名の記録映画。
70年代までの集大成、そして80年代への布石
本作は、前期ムーンライダーズの素朴な聴きやすさとニューウェーブの色濃い影響が融合した傑作であると言えるでしょう。そして本作以降、初期作に見られた「歌謡曲っぽさ」がみるみる喪失していき、バンドは徹底的な洋楽志向、そして唯一無二の「ムーンライダーズ・テイスト」へと進化を遂げていきます。言うなれば、70年代の作風を締めくくる集大成、そして80年代以降の活動に向けた布石にあたる内容であると思います。
この後バンドは、当時の最新技術であったデジタルシーケンサー等のコンピューター機材を次々と導入。この技術的革新が、本作で開花したアヴァンギャルド路線に拍車をかけ、それまでの「いわゆる」ニューウェーブ的なサウンドからも脱却、よりマニアックでオリジナリティ漲る作風へとシフトしていき、バンドは揺らぎないアイデンティティを確立します。
邦楽らしさからの脱却、そして欧米への追随にとどまることもなく、さらにはバンドという形態からも脱却を図ったムーンライダーズは、次作においてディスコグラフィ屈指の「問題作」を放つことになります。そこで遂に、ムーンライダーズにしか成し得ない唯一無二のアヴァンギャルドを実現、怒涛の「黄金期」が幕を開けます。
ムーンライダーズの新譜が出た!
本日4月20日、じつに11年ぶりとなるムーンライダーズの新作アルバム『It's the moooonriders』が発表されました。
Amazon | It's the moooonriders (CD) | ムーンライダーズ
結成47年目、しばしば「現存する日本最古のロックバンド」と称されてきたムーンライダーズが「老齢ロックの夜明け」という売り文句とともに放った、通算23作目となるオリジナルアルバム。
今回は、一通り聴いた「とりあえず」の感想を記してみたいと思います。
ムーンライダーズ『It's the moooonriders』感想
ファンが待ちわびていた、いわゆる「ムーンライダーズ」らしさ……つまり、ポップでありながらも一筋縄ではいかない捻くれたセンス、それと「老齢ロック」の円熟風味が、見事なバランスで融合した貫禄の内容、というのが、アルバムを通した第一印象でした。
以下、一曲ずつの簡単な感想です。
01. monorail
アルバムの幕開けにして、いきなり聴く者の度肝を抜く、あるいは一部のニッチな聴衆をニヤリとさせる「らしさ」全開の超怪作。どこか80年代の楽曲群、具体的に挙げるなら『超C調』などを彷彿とさせる内容です。しかし、無機質な音世界が演出されていた過去作とは異なり、本曲はコラージュでありながらも深い情緒を感じさせます。
02. 岸辺のダンス
幻想的な一曲目を引き裂いてタンゴ風のイントロが鳴り響き、ついに慶一さんのボーカルがお目見えです。御年を召しても変わらない、その歌声が聴こえてきた瞬間は、やっぱりテンション上がりました。武川さんのバイオリンが、エキゾチックな音世界に映えまくっています。
03. S.A.D
本作で唯一、武川さんが作曲に参加した楽曲。ほぼ全編にわたってリフレインされているギターリフが印象的です。そして、前曲とはまったく異なる方向性ですが、またもやイントロからバイオリンがよく映えている。音数は多いですが、めちゃくちゃモノラルです。
04. 駄々こね桜、覚醒
作曲は白井さん。前の曲と比べて、アレンジがシンプルで聴きやすかった印象でした。だけど本当にカッコいいギターロック。捻くれたポップセンスも健在で、個人的にはアルバム前半のうち(タイトルを含めて)一番好きな曲。そして結局、アルバム全体を通しても「白井さん大活躍」が個人的な印象でした。
05. 雲と群衆
慶一さん作詞・作曲ということで「ムーンライダーズらしさ」あふれる雰囲気ですが、言うなれば「らしすぎて」正直あまり印象に残っていません……。今回、私は本作を配信サービスで聴いたのですが、ちゃんとCDで買って、歌詞カードを見ながら聴けばよかったな、と所々で後悔しました。この曲も、歌詞を見ながら聴いたらしっかり味わえたかと思います。
06. 三叉路のふたり
この曲も正直、あまり印象に残っていません。数々のポップな名曲を手掛けてきた岡田さんの作曲ということで、確かにポップで聴きやすい曲ではありましたが、しかし割とさっぱり、こじんまり仕上げられていたイメージです。曲としては、若い世代が歌っていても違和感のない雰囲気。
07. 親より偉い子供はいない
親より偉い子供なんていません
親父より孤独な倅なんていません
ママより素敵な娘なんていません
そんな子供いません
個人的にアルバムのハイライト。一番好きです。タイトルからして最高、今この時代に、まさに「老齢ロック」にしか歌えない、この年代だからこそ歌える内容だと思います。キャッチーなメロディー、カッコいいバックで語りも湿っぽくなく、そこからマイナーへの転調、泣きのギターソロ(もはや青臭さすら感じる)という詰め込み放題の内容が素晴らしいです。ちなみに、語りは落語家の春風亭昇太さんによるもの。
08. 再開発がやってくる、いやいや
続いてこちらも白井さん作曲。ストレートな王道ロックだった前曲とは対照的に、最近流行りのシティポップなどを彷彿とさせる洒脱な雰囲気。白井さんの作曲家としての振り幅が感じられる二曲です。印象的なゲストボーカルは『打上花火』のDAOKOさん。それにしても、慶一さんのラップが聴けるとは思いませんでした。
09. 世間にやな音がしないか
この聴きやすいようで掴みどころのない、聴けば聴くほどハマるであろう「スルメ」感、かと思ったら後半いきなり転調する感じ、めちゃくちゃ慶一さんっぽいな……と思ったら、作曲は夏秋さんで驚きました。リスペクトも頂点に達すると「スルメ」感までコピーできるようになるのでしょうか。
10. 彷徨う場所がないバス停
イントロの分厚いコーラスからして「ムーンライダーズ節」全開の一曲。今度こそ作詞・作曲ともに慶一さんです。モチーフとなっているのは二年前に起こった、東京・渋谷のバス停で路上生活の女性が撲殺された事件。明るさと暗さが交錯する複雑な歌世界は、まさしく慶一さんの真骨頂と言えるでしょう。名曲です。
11. Smile
作詞・作曲は博文さん。メロディーとしてはポップでシンプルなものですが、ここまで凝ったアレンジが施されると、謎めいた神秘性すら感じてしまいます。単語たったひとつのタイトルもかえって深遠に思えます。個人的には『ボクハナク』を思い出しました。
12. 私は愚民
アルバムを締めくくるのは、慶一さん作詞・作曲による9分超の大作。あまりにもシンプルなメロディーに「これで9分?五回くらい転調するのかな」などと思っていたら……ぜんぜん違いました。とりあえず今回は「ネタバレ」として伏せておきます。楽曲としてはさっぱりしたものでしたが、歌詞は十分に印象的でした。
老齢、だからこその充実作 〜 無料オンライン試聴会開催!
以上、現時点における私なりの感想を書き記してみました。
個人的な感想をざっくり書くとするならば、タイトルの通り「まさにムーンライダーズ」というのと「特に白井さんの曲が良かった」という印象です。加えて、今もなお鋭さの衰えない慶一さんの独特な歌世界もまた、印象的でした。
ところどころ「印象に残っていない〜」などと無遠慮に書いてしまった箇所もありましたが、ムーンライダーズの楽曲の特徴といえば、聴けば聴くほど魅力に気が付く「スルメ感」なので、これから聴き込んでいくうち、それぞれの楽曲の印象も大きく変わってくると思います。まずはちゃんと、歌詞を見ながら聴き直すことにします。
そして本日、アルバムの発売を記念して「特別試聴会」が開催されます!
ムーンライダーズの六名が参加し、本編楽曲の試聴に併せて、メンバー本人から製作秘話などが語られるとのこと。本日20:00〜の開催で、無料で視聴することができます。アルバムに興味のある方は、こちらのイベントでトークと一緒に聴いてみるのも良いかもしれません。是非ご覧ください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
4月27日まで!月替わりセール中のプライム名作5選!
Amazon Prime Video で今月セール中の名作5選!
昨今、映画業界においてストリーミング・サービスの普及はめざましく、いまや映画鑑賞のツールとして至極一般的なものとなっています。そんなストリーミング・サービスの中でも、コストパフォーマンスや幅広いラインナップで人気を誇っているのがプライム・ビデオ。そのラインナップの多くが、入会していれば無料で観られる「会員特典」である一方、別途料金を支払うことでレンタル/購入することができる有料作品も、幅広く揃えられています。
そしてプライム・ビデオは、これらの有料作品を対象とした期間限定のセールを常時実施しており、ひと月ごとに入れ替わる対象作品は「レンタル100円/購入500円〜」で鑑賞することが可能になります。今回は四月のセール(〜4月27日)対象作品から、選りすぐりの名作映画5本をご紹介します!
ファンタスティック・プラネット (1973)
舞台は宇宙の彼方にある惑星、イガム。惑星は巨人種族であるドラーグ族によって支配され、小さな人類オム族は一方的に虐げられながらも、なんとか迫害をかいくぐり生き延びていた。ある日、ドラーグ族の少女・ティバはオム族の赤ん坊を拾う。ティバは赤ん坊に「テール」という名前を付け、ペットとして育て始めた。しかし、そのうちテールは自身の「ペット」という立場に疑問を抱くようになる。
独創的な世界観と斬新な表現手法によって後世のクリエイターに多大な影響を与え、今もなおカルト的な人気を誇る、アニメーション映画の金字塔。ルネ・ラルー監督による「切り絵アニメーション」の手法と、ローラン・トポールによるファンタジックな画風の融合が各方面に衝撃を与え、カンヌ国際映画祭にてアニメーション作品として初となる審査員特別賞に輝きました。
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ひまわり (1970)
時代は第二次世界大戦の真っ只中。ジョバンナは、出兵を控えた兵士アントニオと、ふとしたきっかけで恋に落ちる。アントニオの兵役を先延ばしにするため、結婚休暇を利用しようと考えた二人は婚約、幸せな新婚生活を過ごす。しかし、十二日間の休暇はあっという間に過ぎ、ついにアント二オは過酷なソ連戦線へと旅立つ。そして終戦後、アントニオが帰ってくることはなかった。
巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督が手がけた、不朽の名作ラブストーリー。名優ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが愛し合う男女を熱演、ヘンリー・マンシーニによる哀愁あふれるテーマソングはあまりにも有名です。映画を象徴するひまわり畑のシーンが撮影されたのは、現在ロシア軍の侵攻に晒されているウクライナ・ヘルソン州。物語の内容も含め、いま改めて注目を集めている一作です。
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ビッグ・リボウスキ (1998)
日々ボウリングに明け暮れる無職の中年男、ジェフ・リボウスキはある日、自宅で待ち伏せていた謎の男たちに襲われ、身に覚えのない脅迫を受ける。話を聞いていると、彼らはジェフと同姓同名の富豪を混同していたらしい。しかし謝罪の言葉もなく立ち去る男たち。憤慨したジェフは、責任をとってもらおうと例の富豪を訪ねる。その出来事をきっかけに、ジェフは予期せぬ事態へと巻き込まれていく。
80年代を代表するフィルムメーカー・コーエン兄弟が、大ヒットを記録した代表作『ファーゴ』に続く作品として制作したヒューマン・コメディ。マニアックな内容から前作ほどの興行成績は挙げられなかったものの、一部からは熱狂的な支持を集め、今もなおカルト的な人気を誇っている隠れた傑作。キャラクターもストーリーも一筋縄ではいかない、コーエン兄弟ならではの天才的な独創性を存分に味わえる一本。
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サムライ (1967)
殺し屋のジェフ・コステロは、その慎重で隙のない仕事ぶりで知られていた。ある夜、ナイトクラブでの依頼を遂行したジェフは、女流ピアニストであるヴァレリーと遭遇し、顔を見られてしまう。その後、警察に連行されてしまったジェフは面通しで、ヴァレリーと対面する。しかしヴァレリーは、その顔を「見ていない」と虚偽の申告をする。不審に思ったジェフはヴァレリーを訪ね、問いつめる。
孤独な男たちが辿る残酷な運命を独特の映像美で描いた「フレンチ・フィルム・ノワール」で知られる名匠ジャン=ピエール・メルヴィル監督の代表作。60年代を代表する名優アラン・ドロンが演じた孤独で冷静な主人公、そして全編にわたるドライな映像美は、数々の作品に影響を与えたと言われています。また、ドロンの妻であるナタリー・ドロンが映画デビューを飾った作品としても有名です。
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ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ (2001)
共産主義下の東ドイツで生まれたハンセルは、米兵であるルーサーと恋に落ち、彼と婚約するために性別適合手術を受けて「ヘドウィグ」という名の女性になる。しかし渡米した直後、ヘドウィグはルーサーに捨てられてしまう。絶望に暮れるヘドウィグは心機一転、幼い頃からの夢であったロックスターを目指すことを決意する。そんなある日、ヘドウィグは自分と同じ夢を抱く青年トミーと出会う。
1997年にオフ・ブロードウェイで上演された舞台作品を、原作舞台を手掛け主演も務めたジョン=キャメロン・ミッチェルが主演・脚本・監督を兼任して映画化。サンダンス映画祭における最優秀監督賞をはじめ、世界各国の映画祭で高い評価を獲得しました。原作の舞台は日本でもたびたび上演されており、今年二月に催された上演では初めてミッチェル本人が舞台演出を手掛け、大きな注目を集めました。
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名作ぞろいの月替わりセールは4月27日まで
いかがでしたでしょうか。今回ご紹介した作品はいずれも映画史級の名作であり、セールとしてかなり充実したラインナップであると思います。また、他にも多くの作品がセール対象となっていますので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
音楽の「音色」について考えてみる。
- 音色もまた「表現」をする
- 音色について考えてみるプレイリスト
- 01. Intruder / Peter Gabriel
- 02. Computer World / Kraftwerk
- 03. Kiss / Prince & The Revolution
- 04. With Or Without You / U2
- 05. Beat Box (Diversion 1) / The Art Of Noise
- 06. Always Returning / Brian Eno with Daniel Lanois & Roger Eno
- 07. Yü-Gung (Fütter mein Ego) / Einsturzende Neubauten
- 08. Missing / Everything But The Girl
- 09. Still D.R.E. / Dr. Dre ft. Snoop Dogg
- 10. We Have A Map Of The Piano / múm
- 三要素にとらわれない「新しい」音楽
音色もまた「表現」をする
この前「メロディーと歌詞について考えてみる」という文章を書いた。
ざっくり要約すると「音楽表現はリズム・メロディー・ハーモニーで完成するのに、そこに言語表現を乗せてしまうって、考えてみると『歌詞』って不思議なものだと思う」という内容で、後半には私なりに「音楽と言葉が噛み合って、曲の『イメージ』が完成されている」と思う楽曲を列挙してみたりした。もしよかったら読んでみてください。
この文章における「音楽の三要素」の段において、私は「現在ではそこに『音色』の要素が加わって、四番目の要素みたいになっている」と書いた。実際、いろいろな音楽を聴いているとそう感じることが多々ある。この音色は、音楽の一部としてイメージを想起させるなあ……という具合に。
……というわけで、個人的に「表現」を感じる音色を10曲、選んでみた。
音色について考えてみるプレイリスト
01. Intruder / Peter Gabriel
のちに80年代シーンを席巻することになる「ゲートリバーブ」のドラムスを初めてフィーチャーしたと言われる一曲。ちなみに演奏しているのはフィル・コリンズ。重厚きわまりないドラムサウンドは不穏なメロディー/ハーモニーと絶妙に絡み合い、えも言われぬ不気味な音世界を演出している。
02. Computer World / Kraftwerk
近代音楽における「音色」といえばシンセサイザー、そしてポップスにおけるシンセサイザーの名手といえばクラフトワーク。神業とも言える音の作り方/重ね方は、あまりにも見事。特にこのアルバムは、音の心地よさや表現の広さにおいて出色の出来だと思う。まさしく「音色」による音楽表現における金字塔のひとつ。
03. Kiss / Prince & The Revolution
リズムマシンによる正確で無機質なビートは、音楽の世界にそれまでにないイメージをもたらしたと思う。中でもリンドラムを多用したことで知られるプリンスの、極端なまでに無機質な音色に振り切れた怪作にして大ヒット曲。極めてアクの強いボーカルを含め、まさしく唯一無二の世界観と言えるだろう。
04. With Or Without You / U2
プロデューサーを務めたブライアン・イーノとダニエル・ラノワによる空間音響的サウンドが神秘的なイメージをもたらし、曲の構造自体はシンプルながら、まったく新しい音世界を持ったポップスが生まれた。アルバム『ヨシュア・ツリー』は世界的な大ヒットを記録し、楽曲としてはU2の代表曲となった。
05. Beat Box (Diversion 1) / The Art Of Noise
サンプリングという手法を大胆に駆使して、まったく新しい音楽を創造したアート・オブ・ノイズ。ゲートリバーブの潮流を受けた強烈なビートと既成音源の継ぎ接ぎで構成された「音色」はあまりに斬新かつ過激であり、後のミュージシャンに多大な影響を与え、90年代に流布するヒップホップの足掛かりになった。
06. Always Returning / Brian Eno with Daniel Lanois & Roger Eno
アポロ計画を題材とした映像作品のサウンドトラックとして発表された楽曲。あえて明瞭な音像を排除した音楽「アンビエント」を成立させたブライアン・イーノは、80年代以降も意欲的にこのジャンルを追求。この作品の後、U2のアルバム『焔』のプロデュースを担当し、神秘的な音色とポップスの融合を成功させた。
07. Yü-Gung (Fütter mein Ego) / Einsturzende Neubauten
インダストリアル・ロックの第一人者として知られるノイバウテン。通常の楽器の代わりに金属片などを使用し、唯一無二の「音色」を生み出した。その攻撃的なサウンドは下手なメロディーや不協和音よりも強烈に、アグレッシブなイメージを演出していると感じる。ある意味ではサンプリングの究極形。
08. Missing / Everything But The Girl
もともとはネオアコの代表的バンドとして知られていたEBTGだが、中期以降はハウス・ビートを大胆に取り入れたクラブ仕様の作風へと移行した。80年代のリンドラム等と比較すると遥かに洗練された印象のハウス・ビート、そこにネオアコ出身ならではの洒脱なサウンドが絶妙にマッチした、アーバンな名曲。
09. Still D.R.E. / Dr. Dre ft. Snoop Dogg
90年代、サンプリングによる独特な「音色」で構築されたヒップホップ・ミュージックがシーンを席巻。中でもドクター・ドレーのアルバム『2001』は、以降のトラックに多大な影響を与えた作品として知られており、スヌープ・ドッグと共演した本作は、ドレーの代表曲のひとつとなっている。
10. We Have A Map Of The Piano / múm
エレクトロニカの代表的アーティストとして知られるアイスランド出身のバンド、ムーム。ローファイとハイファイを絶妙にブレンドしたサウンドが、唯一無二のイメージを成立させている。あるいは、デジタル録音の普及に伴う「ローファイの絶滅」によって実現した「音色」の表現であると言えるかもしれない。
三要素にとらわれない「新しい」音楽
というわけで、10曲の「音色」が印象的な楽曲をご紹介してみた。
改めて感じるのは、こうした「音色」による表現の多様化が活発になったのは、やはり80年代以降のことであるということだ。それは無論、音楽表現の成熟に伴ったものであると言えるだろう。そこに、録音機材の進歩も加担した。具体的に言えば、主だって「サンプラー」と「リズムマシン」の普及である。もっと広く、コンピューターを用いた音楽制作と言ってもいい。
とはいえ音楽とは、本質的に「音色」に依存しているものである。クラシックにおいても、ピアノ曲をバイオリンで弾けば、それはまったく異なる表現になってしまう。音楽の世界において、そういった「音色」のバリエーションを押し広げる足掛かりとなったのが、コンピューターだったわけだ。
数々の発明を通して、新しく「音色」という概念が誕生したわけではない。しかし、新しい概念と言っても過言ではないくらいの「進化」を遂げた、という言い方は出来ると思う。これだけの「音色」を作り出し、三要素に依存せずして「新しい音楽」を生み出してきた音楽家たちの好奇心と創造性に、改めて感服を覚えたのだった。
本当は面白い『ゴッドファーザー<最終章>』
毎年恒例の「午前十時の映画祭」が、今年も幕を開けました。
ざっとラインナップを眺めてみると、今回は珍しく、わりかし新しめの作品もちらほら見受けられる印象です。具体的に挙げると『マトリックス』三部作、あと『ウォレスとグルミット』というのも意外な選出ですね。それでも幕開けを飾るのは、ド定番の『ゴッドファーザー』三部作、というあたりが流石です。
というわけで現在、全国の映画館で『ゴッドファーザー』三部作が上映中です。
具体的なスケジュールとしては、
4月1日〜7日 『ゴッドファーザー』
4月8日〜14日 『ゴッドファーザー PARTII』
4月15日〜28日『ゴッドファーザー<最終章>』
という並び。ほとんど4月まるごと費やす形で、前二部作は一週ずつの上映、そして『最終章』のみ二週間の上映です。ちなみに『最終章』が全国規模で公開されるのは今回が初めてのこと。ちなみに本国アメリカでも『最終章』は配信/映像ソフトをメインとして公開され、映画館での上映は一部劇場での限定公開だったようです。
私はついこの間、機会があってこの『最終章』を初めて鑑賞しました。結論から書くと、とても楽しめました。個人的には『ゴッドファーザー』シリーズの中でも印象の薄かった『PART Ⅲ』でしたが、こうして『最終章』に生まれ変わったものとして改めて鑑賞し、コッポラ監督の意図がようやく理解できたように思いました。
今回は、初の全国公開に先駆けて『ゴッドファーザー<最終章>:マイケル・コルレオーネの最期』について、ご紹介します。
はじめに 〜『ゴッドファーザー<最終章>』とは?
満を持して公開された完全新作『PARTⅢ』
時は1990年。前作から実に16年ぶりとなる『ゴッドファーザー』シリーズ最新作にして完結編『ゴッドファーザー PARTⅢ』が公開されました。
キャスト陣には主人公マイケル役のアル・パチーノをはじめ、ダイアン・キートンなどシリーズを支えた役者陣が再集結。製作陣においても過去作と同様、原作者マリオ・プーゾが脚本に参加、シリーズ第一作でアカデミー撮影賞に輝いたゴードン・ウィリスが撮影を務めるなど、まさに「シリーズ復活」に相応しい面子が揃いました。
正真正銘のカムバック、しかも当時から「映画史に残る」名画として称賛されていたシリーズとあって『PARTⅢ』は並々ならぬ期待とともに迎えられました。しかし本作は、結果として過去二作に見合うほどの評価を獲得することはできず、シリーズ唯一の「失敗作」として扱われてしまったのです。
オリジナル版『PARTⅢ』が批判された理由
1990年の『PARTⅢ』が支持を得られなかった、その要因はいくつか挙げられます。
まず『PARTⅢ』というタイトルからしてシリーズ最新作を謳いながらも、作品の中心に据えられたテーマが前二作とは異なるものであったこと。本作は、シリーズならではの「家族」というテーマに加え、当時のバチカンが抱えていた諸問題に紐づいた「金と権力」が、大々的な題材として取り上げられています。この変化球的なアプローチが、あくまでシリーズ作品として公開されたために、観客の理解を得られなかったのです。
またキャスティングに関しても、反響は芳しくありませんでした。前二作でコルレオーネ家の弁護士トムを演じたロバート・デュヴァルが、出演料などの問題からオファーを拒否。そのほか、過去作で死亡したキャラクターも含めると、メインキャラのほとんどは再登場が叶わず、カムバックの高揚感は大きく削がれてしまいました。
また、主要キャラを演じたコッポラ監督の娘、ソフィア・コッポラの演技力の低さには批判が殺到。中には、映画の失敗そのものをソフィアに擦り付ける声もあり、皮肉にも映画と同じ「娘が父親の身代わりになる」構図となってしまいました。
公開30周年を記念して制作された「再構築版」
そして『PARTⅢ』公開から30年後となる2020年。フィルムとサウンドの修復、そしてコッポラ監督による再編集が施された新しいバージョン『ゴッドファーザー<最終章>:マイケル・コルレオーネの最期』が発表されました。
タイトルは、当初に予定されていた「前二作から独立した後日談」としての位置づけを表したものに改題され、オリジナルのフィルムから映画全体が再構築されました。新たなオープニング・エンディングが加えられたほか、編集/構成が大々的に見直されたことで、本作はシリーズ完結編として、そして「一本の映画」として、30年の時を経て生まれ変わったのです。
単独作品として理解しやすくなった『最終章』
単独作品として掴みやすくなった「テイスト」
今回の「再構築」によって、明確に「独立した作品」という位置付けが為されたことにより、本作の「分かりやすさ」は格段に改善されたと思います。
本作を読み解く上で知っておきたいのが『カヴェレリア・ルスティカーナ』というオペラ作品です。物語の後半で、マイケルの長男アンソニーが初舞台として演じる演目ですが、映画全体においても、このオペラ作品をモチーフとして物語が進行していく、という趣向が施されています。この凝った趣きから、シリーズ作品であると同時に「単独作品」として制作された性格の強い作品であるということが、感じ取れると思います。
過去作には無かった重厚なテーマ性
そして、本作がテーマとして取り上げているのが「金と権力」すなわち、バチカンに蔓延る腐敗です。ヨハネ・パウロ一世の不可解な急死など、実際に起こった事件がストーリーへ大々的に取り入れられており、当時のバチカンの情勢を辛辣に批判する内容となっています。また、過去作では有り得なかった「マイケルの懺悔」のシーンを通して「信仰」の尊さが描かれ、金と権力が導いた腐敗と対比されています。
シリーズ完結編であり、ひとつの単独作品でもある
このように、本作は単独作品としての濃厚なテーマ、メッセージ性、テイストを持った作品であり、だからこそシリーズ作品として受け取られた際、あまり理解を得ることが出来ませんでした。ですが、こうしたコッポラ監督の意図が汲めると、その趣向の上に盛り込まれた「シリーズ完結編」としてのサービス精神にも、気付くことが出来るようになります。
事実、これだけ単独作として充実した作品でありながらも、やはり最後に描かれるのは『ゴッドファーザー』シリーズが描いてきた「変わりゆく家族」の壮絶な末路です。本作は、自身最大のシリーズの枠組みを用いたコッポラ監督渾身の「変化球」であり、それでいてシリーズの幕引きに真っ向から向き合った、文字通り『最終章』に相応しい金字塔なのです。
オリジナル『PARTⅢ』にハマらなかった人こそ
本作は『PARTⅢ』がピンと来なかった人にこそ観てほしい作品です。こうして「単独作品」という意識をもって観るだけでも、きっと大きく印象が変わると思います。興味のある方はぜひ、今月の全国上映、または既発の映像ソフトでご鑑賞ください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ザ・バットマンを観た。モニターは大きければ良いわけではない。
2022年も、あっという間に四月です。気付けばすっかり満開の桜に、もう四分の一が終わっちゃったんだなあ、と感じ入るこの頃。今年こそ状況が落ち着いて、しばらく出来ていなかった諸々が出来るようになると良いですね。
新年度ということで、というわけでもありませんが、ちょっとブログのデザインを変えてみました。併せて現実でも、デスク周りのレイアウトを変えてみました。具体的に書くと、ディスプレイとして使っていたモニターを外して、ノートパソコン自体のディスプレイを使う形に変えました。
というのも最近、こうして文章を書いていたり、その他いろいろ作業をしていると、どうにも目の疲れがひどくて、作業がなかなか捗りませんでした。何が良くないんだろう、いわゆるブルーライト的なアレのせいなのだろうか、それとも照度とかを調節するべきなのだろうか、いろいろ調べていたら、こんな文言を目にしました。
” モニターが大きいと、発せられる光の量が多いので、目に負担がかかります。”
え、そういう問題?と、けっこうビックリしました。
モニターなんて大きければ大きいほど良い、としか考えていなかったから、目から鱗でした。確かに言われてみれば、画面が大きいほど光量が増えるのは当然です。だからそのぶん目に負担がかかってしまう、というのも、なんとなくだけど分かる。
いま使っているモニターは、決して「とても大きい」というほどではありませんが、パソコンのディスプレイに比べれば1.5倍くらいはあるものです。だから大きく見ることができて、全体も細部も把握しやすくなり、作業環境もすっかり充実……したはずだったのですが、まさかその「大きさ」が仇となっていたとは。
じゃあ少し小さめのモニターを買うか?と一瞬だけ血迷ったのですが、いやパソコンそのまま使えばいいんだ、とすぐに我に返って、普段使いの時はモニターを外すことにしました。結果、以前よりも目の疲れは軽減されたように感じます。やっぱり、そういうことだったみたいです。画面って、大きいほど良いわけではないんですね。
大きい画面といえば、この間『ザ・バットマン』を観ました。
特典で貰ったミニポスター。これは4DXバージョン、別にScreenXで観た人向けのもあるらしい。
オンリー・イン・シネマという表記の通り、最近よくある上映&配信同時解禁とかではなく、映画館のみでの公開のようです。私は本作を、人生初の4DXで観ました。
4DXというのは、映画の内容に合わせて座席が揺れたり煙が上がったり匂いがしたり水が噴射したりする、映画というよりライドアトラクションみたいなスゴいシステムです。そして本作は「4DXで観ずに何で観る」というくらい、バリバリに4DX仕様、オンリー・イン・シネマが納得の内容でした。
雨のシーンでは、ちゃんとぽつぽつ水が降ってきます。カーチェイスのシーンでは座席がガタンガタン揺れ、車が爆発炎上すれば熱気がふわっと耳を掠めます。本作はきっとこれらの効果を見越して制作されたのでしょう。梅雨かってぐらいに雨は降るし、カークラッシュも事故どころの規模じゃありません。
個人的に面白かったのは、犯人のアジトに潜入する時の、ゆっくり座席が傾いてぐわーんと平衡感覚が失われていくような効果。地味ながら生々しくて印象的でした。
ストーリーは……どうなんだろう。過去のバットマン映画を観たことがないので、比較して吟味したりすることが出来ません。だけど、クライマックスの展開は印象的でした。最後の最後で〇〇たちと戦うことになるというのは皮肉で、しかし今の時代を見事に反映した展開だと思います。全編でキーワードになっている「復讐」という言葉も、まさに現代の世相を言い当てた言葉なのだと、ここで理解できました。
ただ、三時間たっぷりのストーリーは人間関係等かなり複雑で、理解度としては正直あやふやです。なんか『ゴッドファーザー』を初めて観たときくらい置いてきぼり食らった気がします。そのくらい複雑。
たぶん、原作ファンには周知の要素を「問答無用」として説明スルーしているのだと思います。やっぱり一通り原作は踏まえておけばよかったな、とちょっとだけ後悔しました。だけど『ゴッドファーザー』のような、複雑な物語を読み解いた先にあるカタルシスを期待できるかというと、それは微妙かもしれない、とも思ったり。
でも初めての4DX、充分に楽しめました。もはや「映画鑑賞」の領域ではなのかもしれませんが、自宅では味わえない体験であることは間違いありません。たとえ新作でも配信で観られてしまったりする昨今、映画館のアピールポイントというのはやはり大画面の迫力、あるいはこうしたアトラクション的なアプローチなのだと思います。
実際、私も最近行くのはもっぱらシネコンで、とんとミニシアターには行かなくなりました。単館はどうしても規模が小さくて、環境的にも「大きいテレビ」くらいの印象しかないこともあり、それでわざわざ赴いて高いチケット買うなら「配信とかレンタルで充分だ」と思うようになってしまいました。
それで最近は、観に行くのも単館系というより王道寄りの映画が多くて、個人的には映画そのものに対する印象が変わってきていたり。
やっぱり、せっかく観るなら大きい画面で、大きい音で観たいのです。映画を手軽にする「配信」の打撃を受けるのは、きっと大きな映画館ではなくて小さな映画館なのだろうと、改めて思いました。
というわけで、私の周りの「小さくなっていく画面」と「大きくなっていく画面」の話でした。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
デル・トロ最新作『ナイトメア・アリー』はド直球の王道ノワールだった。
これはもう、映画界における「古典主義」と言っても過言ではありません。
ギレルモ・デル・トロ監督の『ナイトメア・アリー』は、そんな映画でした。
映画『ナイトメア・アリー』とは?
オスカーを受賞した前作『シェイプ・オブ・ウォーター』に続く、ギレルモ・デル・トロ監督四年ぶりの新作となった本作。アメリカの作家、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによって著された同名小説を原作に、脚本・監督をデル・トロが担当。主演を務めたのは『アメリカン・スナイパー』のブラッドリー・クーパー、その他にもケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、ウィレム・デフォー、トニ・コレットなど豪華なキャスト陣が集結し、脇を固めています。
二度目の映画化となった原作小説
実は二度目となる本作の映画化。前回の映像化は1947年、小説の刊行から一年後のことでした。映画表現における「群像劇」のスタイルを確立したといわれる名作『グランド・ホテル』を手掛けた巨匠エドマンド・グールディングが監督、当時『怪傑ゾロ』等のヒット作で二枚目俳優として人気を博していたタイロン・パワーが主演を務めました。
残念ながら興行成績は不調に終わり、日本での公開も叶いませんでしたが、時が経つにつれ評価は高まり、今ではノワールの古典として高く評価されています。
驚くほどストレートな王道ノワール
本作の魅力とは、古典的な「ノワール」の面白さ、そのものです。
ある出来事をきっかけに膨れ上がる欲望を抑えられなくなり、取り憑かれ、やがて朽ち果てていく哀れな人々を描いたストーリー。そんな救いのない物語を、美しい劇作へと昇華させてしまう映画の魔力。こうした昔ながらの「ノワール」ならではのテイストを、現代の表現として完璧に復刻、体現したのが本作です。
古典のように無駄のないストーリーテリング
昨今の映画表現にありがちな、時間軸の交錯や視点の切り替えといった凝った語り口は一切なく、物語は始まりから終わりまでを一直線に描き、主人公を追いかけていくように淡々と展開していきます。そのシンプルで無駄のない語り口はまさしく古典の名画を観ているような、クラシカルな趣きを感じさせます。
巧みな「雰囲気作り」が生む圧倒的な世界観
ともすれば地味なストーリーのように思えるかもしれませんが、ダークファンタジー調の世界観を描き出す「雰囲気作り」はあまりに見事で、その緻密な創造性が観客を飽きさせません。そのダークかつ耽美な世界観は、前作『シェイプ・オブ・ウォーター』とは一線を画す趣きでありながらも見事な完成度で、デル・トロ監督の豊かな才能が伺えます。
すなわち本作は、デル・トロ監督の圧倒的な表現力、そして「ノワール」への深い愛情が結実した「超正統派ネオ・ノワール」と言えるでしょう。
影響を与えた(かもしれない)名作3選
シンプルで容赦のない物語を、魅力的な表現によって豊潤に描き出す。これが本作の魅力であり、また同時に「ノワール」の魅力であると言えます。
特別な野望など無くとも、あるきっかけから「欲望」に取り憑かれ、やがて身を堕としていく登場人物たちの姿は、あるいは私たち自身であったかもしれない姿であり、共感を禁じ得ません。そして「表現」としては、題材やストーリーがシンプルであるだけに、そこに創作の魔法をかけられるかどうか、表現者としての力量がストイックに試されるジャンルのひとつでもあります。
これらの特徴から「ノワール」は、映画ファンの間でも特に人気の高いジャンルとして知られています。ここからは、数あるフィルム・ノワールの中から個人的におすすめの名作三本をご紹介していきます。もし『ナイトメア・アリー』にハマったら、これらの作品もきっと楽しめると思います。
『深夜の告白』(1944)
監督:ビリー・ワイルダー 脚本:レイモンド・チャンドラー、ビリー・ワイルダー
数々の名作で知られる巨匠、ビリー・ワイルダー監督による初期の傑作。主人公の回想を通して、ある不倫関係のもとに企てられた保険金殺人の顛末が描かれます。ワイルダー監督とともに脚本を担当したのは、ハードボイルド小説の第一人者として知られる文豪、レイモンド・チャンドラー。異色のコラボレートで生み出された本作は、今もなおノワールの代表的古典として高く評価されています。
『第三の男』(1949)
監督:キャロル・リード 脚本:グレアム・グリーン 主演:ジョゼフ・コットン
名匠キャロル・リードの代表作にして、映画史に燦々と輝く屈指の名作。アントン・カラスが手がけたテーマ曲、オーソン・ウェルズの印象深い名台詞、長回しワンカットによる強烈なラストシーンは、あまりにも有名です。第三回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝き、現在でも「映画史上最高の作品ベストテン」等の投票企画では必ず上位に挙げられる、多くの映画ファンに愛される作品です。
『バーバー』(2001)
脚本/監督:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン 主演:ビリー・ボブ・ソーントン
80年代を代表するフィルムメーカーとして知られるコーエン兄弟が、影響を受けたノワールの名作群へのオマージュを込めながら、その鬼才ぶりを遺憾なく発揮したネオ・ノワールの傑作。自身初となるモノクロ作品ながら、カンヌ国際映画祭で三度目の監督賞に輝いたほか、数々の映画祭で高く評価されました。主演を務めたのは、音楽家としての活躍でも知られるビリー・ボブ・ソーントン。
映画ファンも、そうでない方も
いかがでしたでしょうか。
残酷なストーリーと豊かな表現力が絡み合った『ナイトメア・アリー』は、ノワールとして高い完成度を誇る傑作と言えるでしょう。映画表現が好きな方であれば、興奮することは請け合いです。あるいは「ノワール」というジャンルを知らない方でも、その圧倒的な世界観への没頭、非日常的な「映画らしい」時間を味わえると思います。興味のある方はぜひ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。